2026年3月19日木曜日

 日本秘湯を守る会

  私の場合だけなのかどうか。 財布やカードケースにいつのまにか各種のカード(クリニックや商店など)がたまり不便になり、今後利用する可能性の無いものを数枚処分した。むろん惜しむ気は無かったが、一枚だけ私学共済組合の宿のカードの処分に一瞬迷った。箱根の大平台の「対岳荘」を数回利用しただけなのに。気に入った宿ではあった。

 宿泊の利用カード(これはポケットには入らない)としては「日本秘湯を守る会」を利用することが多く、大いに楽しませてもらった。3年間に10回利用すれば一回無料となる仕組みで、東北の宿を中心にせいぜい励んだが、一回しか利用できなかった。

 それにしても最近のホテルや旅館の宿泊料金は我が家などには支払い困難なレベルに近づいているらしい。外人客激増のためもあるだろうが、  彼らにも秘湯を守る会を教えてあげたい。

もしかして以前にこの欄で秘湯を守る会を紹介していたらスミマセン。

2026年3月15日日曜日

 神保町よ、負けるな!

 今朝の毎日新聞の『余録』(朝日新聞の『天声人語』に当たる)が、神田神保町の三省堂ビルが拡大再建されて開店するとあった。2022年5月に改築に着手し明日営業開始とのこと。嘗ての3階のビルが13階に拡大するという。もっとも書店の階は変わらないらしいので、空間のより高度利用ということなのだろう。企業としては当然である。

 私も学生時代から神保町の和洋の古書専門店を何度も訪れたが、神保町と言ってもむろん書店だけではない。私の教え子の1人はタンゴ専門の喫茶店を愛用した様だし、 スポーツ用品店の大きい店があったので、たしか私もスキー道具を入手した覚えがある。また、記事にカレー店のことが言及されていた(確か)が、私もそのうちの一つを何度か利用したことがある。やはり学生たちにとって手頃だったのだろう。

 しかし、情報端末で本の内容まで読める(らしい)時代に書店街が成り立つのか。どうか生き続けてほしい。

2026年3月14日土曜日

 物価の優等生といえば

  朝日新聞の土曜版(be)には毎週、過去の自紙掲載の漫画『サザエさん』が復刻されて一篇ずつ載っており、 今朝は鶏卵の安さを話題にしている。 今頃誰もが取り上げる話題だが、 今回の『サザエさん』は1965年4月23日の朝刊のものと知って驚いた。実に60年前から卵は物価の優等生だったとは!その理由として今朝の解説ではトウモロコシなどの配合飼料の普及が挙げられている。それはその通りだろうが、飼育規模の巨大化も負けずに大きいのでは。

 何しろ飼育が一箇所で千羽や万羽となればもはや工場と呼ぶにふさわしい。したがって一度病気が発生すると自衛隊の出動まで要請されるのはご存知の通り。 私などが鶏卵の安さに助けられながらニワトリへの同情を語れば、いわゆる「ワニの涙」(偽善の意)と言われても仕方がない。牛も馬も家畜はすべて同じことだろう。それでも菜食は耐えがたい。とすれば「ワニの涙」を流すほかない。  

 

2026年3月11日水曜日

 自然災害の恐ろしさ

  今日は東日本大地震から15年目の3月11日。  当日は東京でも確か震度5弱で、日常よくある地震よりは強いなと不気味さを感じたが、幸い我が家の被害は何もなかった。しかし、原子炉の爆発が報じられる頃には日本社会全体も騒然となり、英国留学時の親友でヴァンクーバーに移住していた男からカナダへの避難を勧められ、外国はそんな状況と見ているのかと逆にびっくりした。

 それにしても東北中心に死者・行方不明者が2万2千人強とは大災害ではあった。その後政府も東北復興のため努力を惜しまなかったと思うが、原子炉災害と重なり、多くの住民が被災地から転居したようだ。

 せめて今後予想される東南海地震には対策にぬかり無いよう努めてほしい。人命さえ失われなければ、 我が国の国力をもってすれば被害回復は不可能では無いはず。

2026年3月10日火曜日

 追記

  前回、関川夏央氏をスポーツ・ライターと紹介したが、それは氏のほんの一部に過ぎない。 私は多くの氏の著作のうち題名は忘れたが林芙美子ら戦前にシベリア鉄道を利用した著名人たちの物語を読んだ記憶がある。氏が戦後編を書いてくれれば私の名前も..........( 気でも狂ったか!)。

2026年3月8日日曜日

 関川夏央と韓国のプロ野球

  私は今開催されているワールド・ベースボール・クラシック(プロ野球の世界一を決める大会にあまり関心が無い。何と言ってもそこに日本でも米国でもペナントレースの終了近くの息詰まるような緊張感はないと思うから。

 そんな私が昨日の日本と韓国の試合に注目したのは理由がある。韓国のプロ野球の発展にはむろん同国の選手の貢献が大きかったが、日本のプロ野球で活躍していた在日韓国人選手の福士明夫、新浦壽夫、白仁天らが草創期に大いに活躍したためでもある。その経緯を描いたスポーツ・ライターの関川夏央氏の名著『海峡を越えたホームラン』は、彼ら対馬海峡を越えた在日の選手たちが新天地を目指したのは日本ではやや活躍の峠を越えた人もあるが、 心無いヤジに耐えて祖国にプロ野球を根付かせたいとの熱意も大きかったと思わせる。ともかく彼らの貢献もあり、韓国のプロ野球は日本とどちらが勝つか予想出来ないほどのレベルにある。関川氏は感慨深いことだろう。

2026年3月2日月曜日

 米国とイスラエルのイラン攻撃

  36年にわたり最高指導者としてイランに君臨したハメネイ氏が米国の空爆により殺害された。これが米国によるイランの国家主権の侵害であると言ってよかろう。しかし、東京のイラン大使館の前には100人ほどの在日イラン人がイラン革命前(ホメイニ革命前のこと?)の国歌を流し、「バンザイ」を叫んだという(朝日新聞)。 100人が多いとは言えないが写真などで本国政府に身元が知られる恐れを考えれば必ずしもわずかとは言えないし、何より米国大使館の前での在日イラン人の怒りの集会が開催されなかったらしいことは彼らの気持ちを天下に示している。これは在日イラン人だけの気持ちだろうか?

 思えば1978年のホメイニ革命でイランのパーレビー国王が米国亡命を余儀なくされたとき、メディアは民主主義の勝利のようにこれを報道した。宗教者独裁の恐ろしさを日本も世界も忘れていた。もし王制が継続していたらイランはもっとまともな国になっていたろう。少なくともイラン女性はずっと自由になっていたことは間違いない。今回もイランでは米国による攻撃直前に数千人の反政府デモ参加者が政府により殺されたと伝えられる。無慈悲とも何とも言いようのない独裁である。イラン国民がより良い選択をするよう、出来るよう願う。

2026年2月24日火曜日

 「ばけばけ」の不真面目な視聴者

 小泉八雲とその妻セツを主人公とするNHKのテレビ番組『ばけばけ』が視聴者にどの程度受け入れられているかは分からない。私には昔訪れた旧居や松江城は懐かしいが、元来八雲の著作を手にしたことはなく、毎日欠かさず『ばけばけ』を視聴してはいない(も少し話の展開を早めてほしい)。それでも八雲についてもっと知りたいとは思い、「朝日新書」の『セツと八雲』を買って読んだ。その結果、八雲の日本紹介の本は『怪談』を含めて十冊を超えると知り、不明を恥じた。

 八雲と言えば「耳なし芳一」など著作の形で接しなくとも『怪談』の翻案として何となく読んだ記憶はある。むかし小学校の国語教科書で読んだ「稲むらの火」も八雲の紹介ではじめて世に知られたという。紀州のある村の有力者の濱口梧陵が安政南海地震に際して津波を予見し、一刻も早く村人を海岸から遠ざけるため収穫したばかりの自家の稲むらに放火したというエピソードは国定教科書の時代には誰もが読んで感激したが、現在はどうなのだろうか。

2026年2月21日土曜日

 冬季オリンピック報道の狂態

  昨夜、午後7時のNHKニュースにチャンネルを合わせたら、冬季オリンピック(とくに女子フィギュア)のニュースを報道していたのでEテレに切り替えたが、同じオリンピック報道、。なんと同局のBSニュースまで同じだった。たぶん民放も同じ? 私は無性に腹が立った。この期間、テレビ局のスポーツ部門以外の社員たちは特別休暇を楽しんでいるのではと邪推したくなった。

 私もこれまで人並みにスポーツ番組を楽しんできた。1956年のコルチナ冬季オリンピックは日本の期待の星の猪谷千春選手が男子回転種目で旗門不通過の疑いで判定が遅れ、 その間気が気でなかった(一着はかのトニー・ザイラー)。今回では女子カーリングにこれまでの常連ロコ・ソラーレに代わって出場したフォルティウスの最後の試合も、 ルールもよく分からないのに応援した(相手が中国チームだったからではない!)。

 しかし、民放テレビ局も含めて同一時間にスポーツ番組しか提供しないのはおかしいし、とくに視聴料を払っているNHKには厳しくならざるを得ない。放送だけではない。冬季オリンピックの開催地そのものが1956年のコルチナから今回はミラノを含む全4箇所に代わっていたとは.............。 夏季大会に続き冬季大会も中小国には開催無縁となるのでは? 

2026年2月18日水曜日

 訂正

  私が青森県を訪れたのは30歳台の後半のように前々回書きましたが、20歳台後半に奥入瀬川と十和田湖を友人と訪ねていました。 悪しからず.............。

2026年2月15日日曜日

 分かりにくいベネズエラの政治

  米国のトランプ政権によるベネズエラのマドゥロ政権打倒の後の同国の政情は多くの人々を当惑させているのではないか? 何よりもトランプがマドゥロ政権の忠実な副大統領をそのまま大統領に昇格させ、これまで前政権と闘ってきたマチャド氏の政治家としての適格性に疑問を表明したかと思ったら、 これまで前政権に阻害されて来たマチャド氏が受賞したばかりのノーベル平和賞のメダルをトランプに進呈した。

 私はベネズエラの二代にわたった全体主義的独裁の打倒後すぐに旧政権と闘ってきた勢力が政権を担当することは1930年代のスペインのように内戦を生む危険が少なくないと思うので、暫定的に旧政権の副大統領に政権を委ねたことは理解できないではない(トランプの眼中には石油の確保が最優先事項だったのだろうが)。他方マチャド氏がノーベル平和賞のメダルをトランプに進呈したことに驚いたのは私だけでは無いと思うが、自らも生命の危険に晒されてきたマチャド氏が独裁者の追放をベネズエラにとって何よりも重要と考え感謝したとしても、 それほど不条理では無い。ともあれ、同国の民主主義の着実な歩みを願ってやまない。

2026年2月13日金曜日

 訂正

  私も利用したかつての東京港から道東へのフェリーの到着先は帯広ではなく、釧路港でした。当日は霧のため港外で待たされ、帯広の近くの温泉に辿り着けるのか心配させられました。以上

2026年2月12日木曜日

 私の青森県

  昼食後、何となくNHKの『列島ニュース』を見ていたら、大韓航空がソウル・青森間の便数を3往復から5往復に増やすとのこと。近年の外国人訪問客の増加に応じた結果だろうが、他の空港ならともかく冬場の観光が容易とは言えない青森県に.............と他県のことながら心配になった。八甲田山のスノーモンスターや酢が湯温泉にそれだけの集客力があるだろうか?

 私が初めて青森県を訪れたのは30歳台の末ごろ北海道ドライブ旅行の帰途(往路はその頃運行していた東京港・帯広間のフェリー))に渡島半島の戸井から下北半島の大間に上陸したことに始まる。最初の宿は松本清張のエッセイで知った鄙びた下風呂温泉で、その頃は恐山などの観光地も知らず、翌日は一路帰京した(東北自動車道も無い頃なので途中でもう一泊したかも?)。

 その後、「津軽海峡冬景色」に惹かれて?竜飛岬や、その頃映画で一躍知られた明治期の八甲田雪の行進の悲劇の跡地を大学の同僚2人と尋ねた。さらに家内と訪れた恐山も時代離れした魅力で楽しかった。花吹雪の弘前公園も青森市のねぶた踊りも東北6県で最高だった。今後も韓国の旅行客を満足させることを願っている。


 

2026年2月11日水曜日

 驚きの選挙結果

  驚天動地とはこういう事を言うのだろうか? ほとんど一夜にして我が国の政治情勢は一変した。自民党は総選挙で結党以来の?大勝利をおさめた。逆に立憲民主党を中心とする野党側は「見るも無惨な」と言う外ない大敗北を喫した。

 前兆はあった。メディア各社による世論調査はどれも信じ難いほどの高市自民の優勢を伝えていた。それにいたたまれず、立憲民主党と公明党は単一の野党をつくった。私自身、与党勝利を座して迎えるよりは、「中道連合」の結成をやむを得ないと感じていた。しかし、我が国の有権者はそう考えなかったのか。なにしろ新党が立憲民主党のこれまでの護憲の主張まで棚上げしたのだから。

 しかし、自民大勝の理由はそんな小難しい理由ではなく、有権者(とくに女性の? 失礼!) が史上最初の女性宰相を願ったからかも知れない。ともあれ、立憲民主党は公明党との不自然な協力を直ちに解消して指導部の世代交代を実現する必要がある。

2026年2月4日水曜日

 デシーカ監督の名画『ひまわり』

 NHKテレビは水曜日の午後1時からのBS放送を過去の内外の名作映画の上映に当てると決めたのか? 松本清張原作の『砂の器』と『ゼロの焦点』に続いて今週はあと1時間のちにイタリア映画『ひまわり』が放映される。それぞれ名画だが、私も高齢者となりあまり悲しい話は辛く感ずるので『ゼロの焦点』は録画しただけで未だ見ていない。

 大戦後のイタリアで、「ネオ・レアリスモ」と呼ばれた一群の映画が製作され話題を呼んだ。ロッセリーニ監督(のちイングリッド・バーグマンと結婚)の『戦火のかなた』やデシーカ監督の『自転車泥棒』が代表作。 前者は前大戦末期にイタリア系米国兵が故国の解放戦に従事するという筋で、その作品の良さは私には分からなかった。それに対して後者は生活のため欠かせない自転車を盗まれた主人公が自分も他人の自転車を盗んで長男の前で検挙されるという筋で、私には衝撃的だった。それ以来すっかりデシーカ監督のファンになった。

 今日の午後上映される『ひまわり』は彼の作品群の中でも忘れられない。前大戦でロシアとの戦場に動員されたイタリア兵(マルチェロ・マストロヤンニ)が重傷を負いウクライナ?の女性に救われ、そのまま夫婦となる。一方、イタリアの妻((ソフィア・ローレン) は夫の死を信ぜられずロシアを訪ね、 仲睦まじく暮らす夫を発見。夫の弁解を聞かず、夢中で帰国してしまう。その後に夫は妻の許しを乞いにイタリアに帰国するが、覆水盆に返らず。 ウクライナの見渡す限り咲き誇るひまわり畑が忘れられない。こころを打つ主題曲も……。

2026年2月1日日曜日

 スポーツ競技大会の肥大化

  オリンピックを始めとする各種スポーツ大会でメダルを獲得することは競技者本人にとっての名誉と喜びであるばかりでなく、一般の同国人にとっても喜びであると言えるだろう。その結果、近代オリンピックは第一回のアテネ大会いらい各国民の関心の的となり、今日の隆盛を産んだといえよう。

 しかし、最近の競技種目の拡大には疑問のあるケースもある。男女の選手が同一種目で闘う混合もその一つではなかろうか。  一つの試合で男女がそれぞれの役割を果たす場合は何の問題もない。しかし、一例を挙げるとスキーのジャンプ競技に「混合」種目が設定されたと聞く。しかし、同じジャンプ台で競うとはいえ、同一水準ではない男女の成績を足して2で割って順位を決めることに何の意味があるのか。 私の誤解であることを願っている.............。

2026年1月28日水曜日

 パンダの中国返却

  パンダが中国に返却され、我が国での飼育数はゼロとなった。私も家内も可愛い動物だとは思うが、 結局のところ上野公園に会いに行くことはなかった。それでも最初から貸与という条件だったとはいえ、紀伊白浜を含めてパンダ飼育が全国でゼロとなったのは約束違反とはいえないが、非情な措置ではある(パンダ返却は高木内閣成立前から決まっていたので政情の変化とは関係ない)。

 パンダの繁殖力はそれほどでないのか、四川省への団体旅行で現地の飼育施設を訪ねたが、目にしたのは数頭だった。しかし施設全体からすればほんの一部だったのだろう。いずれにせよ、日中友好の象徴のようなパンダ貸与だと我々は思っていたが、現在の中国指導部にそうした配慮は二の次三の次だったのか。それとも中国にも他国に貸与する余裕は無くなったのか。メディアに日本以外の西側諸国への中国の対応を報道してほしい。

2026年1月24日土曜日

 記憶に残るニュース・キャスターたち

  番組の司会をするアナウンサーたちで多分もっとも名を知られた久米宏氏が亡くなった。追悼番組で現役時代の姿に再会したが、たしかにテレビのために生まれてきたようなと言いたい軽妙な話ぶりで、懐かしかった。

 しかし、ニュース番組の司会者としては多分NHKの磯村氏が元祖だろう。ともかく長い間NHKの顔だった記憶がある。NHK退職後にその知名度に目をつけた自民党に都知事候補に担がれたが敗北。やはり知事役にぴったりという感じはなかった。

 磯村氏とほぼ同時期にフジテレビでニュース番組のキャスターを務めた山川千秋氏は国民学校5年生まで同級生だった。 マンモス大学では学部も違い再会することはなかったが、私のゼミ生とフジテレビのアナウンサーとの結婚披露宴で再会し、懐かしかった。 その後早死にしたが、その時にはキリスト教に入信していたと最近知った。入信せずにはいられなかった気持ちを思うと何とも言えない気持ちになる。

 最近ではNHKのキャスターだった大越氏が六大学野球で母校の投手だったので親しみを感じていた。現在はときどき他局の番組で見かけるのが嬉しい。以上、このブログで過去に言及した人もある。悪しからず。

2026年1月23日金曜日

 雪の峠越え

  新聞やテレビが豪雪予報を伝えている。そのたびに晴天続きの太平洋側の諸県と豪雪の日本海側の諸県の甚だしい不公平に申し訳ない気持ちにさせられる。

 私はこれまで東京と愛知県にしか住んだことはないので、豪雪と言えるほどのものを経験したことはない。ただ一度だけ、雪のため高速道が閉鎖され困ったことはある。

 12月下旬だったと記憶するが、大学時代の友人で広島の同業者の家に泊まった帰り、途中までは快晴で楽しいドライブだった。滋賀県の草津からは東に別れる国道一号線も利用できるが、その日のうちに帰京したく、名神高速道路を続けることにした。ところが途端に「一天俄かにかき曇り」、  とうとう彦根で高速道が閉鎖となった。以後、かなりの積雪の中を関ヶ原の峠の直前の醒井(さめがい)駅まで来たが、峠越えの自信はなく、駅前広場で車中泊をすることにした。そして2時間ほども経ったろうか。 駅前を大型トラックが歩くほどのスピードで前車との間隔を何十メートルも空けてゆっくりと峠に向かうのを知り、私も真似をすることにした。実際に峠を越えたらたちまち雪は消え、大幅に遅れたが朝には名古屋に着いた。私は運が良かったのか、悪かったのか!


2026年1月18日日曜日

 無意味な日本語やめて!

  われわれが使用する言葉は不変ではなく、常に移ろうものだろう。かつては「正反対」と書くところを最近は「真逆」と書く人が多くなった。 同様に以前は「一層の」と書くところを「更なる」と書く人が多くなった。 新しい言葉に戸惑う私のような高齢者は最早黙って受け入れる他ないようだ。

 ところで発言者の年齢に関係なく、「関係」の代わりに「関係性」という言葉も最近急速に使用されるようになった。しかし、これまでの「関係」とどう違うのか。 あえて変える理由があるのか私には分からない。『広辞苑』をはじめとする現在の国語辞典には「関係性」という言葉は載っていないが、これだけ使用者が増加すれば辞典編集者も新版には「関係性」を加えるだろう。しかし、事項執筆者は「関係」との語義の違いを説明できるだろうか? 私には「関係性」は関係の無意味な言い換えとしか思えない。

 「大学入学共通テスト」は必要か?

 いつの頃からかを正確には覚えていないが、今年も今朝の新聞に今年の大学入学共通テストの問題(と解答)が掲載されている。 ページ数にすると15ページ(下半分に大学などの広告などが載る6ページを含めて)。数十年前に大学受験をした私など読むだけで圧倒される(実は読まない)。 
 現在の共通テストの導入の理由として、各大学出題の入試問題に難問奇問が少なくないとの批判があった。すでに出題者側だった私も無罪とはいえないが、現在の共通テストでこれだけの大量出題への解答ともなると反応スピードの早い受験者(都会出身者が多い?)に有利に、反応スピードの遅い受験者(地方出身者に多い?)に不利にならないか?
 最近の出題傾向は記憶力のテストよりも思考力のテストをということで、どうしても長文の問題となりがち。私には画一的でなく昔のように各大学が独自の出題をしていた時代の方が、 偏った才能を救済する点で有効だと思うがどうだろうか?

2026年1月16日金曜日

 政治の一寸先は闇

  政治の一寸先は闇ということなのか。昨日の敵は今日の友ということなのか。昨日まで与党と野党に分かれて対立していた公明党と立憲民主党が単に選挙協力と言うだけでなく(それだって驚きだが)選挙のため場合によっては単一の新党を作るという。

 昭和のはるか昔、 自民党(当時は自由党)の有力者の1人だった大野伴睦氏が、「猿は木から落ちても猿だが、議員は落選すればただの人」との名言?を吐いた。 いくら時代がその後変わっても政治の世界は何ほども変わっていないということか。

 自民党の中では良識派?だった石破茂首相も党内で少数派では何もできなかった現実を見れば、私は高市首相や自民党議員たちを一概に批判する気にはなれない。まして立憲民主党と公明党が半年前には思いもよらなかった選挙協力どこか新党をつくる話し合いをしていると聞いても一概に批判する気になれない。努力が実をむすぶよう願うばかりである。

2026年1月7日水曜日

 訂正

  今回のトランプ大統領によるベネズエラ大統領の逮捕をレーガン大統領によるとしたのは誤り。  何たること!

2026年1月6日火曜日

 国家主権侵害と破綻国家

  レーガン大統領の命令によるマドウロ・ベネズエラ大統領拉致は世界を驚かせた。ロシアや中国などが米国によるベネズエラの国家主権の侵害としたのは予想通り(この両国にそんな資格があるの?)。これに対し英仏独といったEU大国の反応は微妙である。

 実は近年でも米国による西半球での他国の主権侵害は初めてではない。37年前にブッシュ大統領(父)はパナマの反米大統領のノリエガによる恣意的なパナマ運河閉鎖に怒って武力介入しノリエガを追放した。  国際航路であるパナマ運河へのノリエガの一方的処置に問題はあるにしても.........。

 今回のベネズエラ大統領の拉致が同国の主権侵害であることは明らかであるのにヨーロッパの諸大国のすっきりしない態度は、マドウロ大統領治下のベネズエラが事実上の破綻国家であるとの認識にもよるだろう。同国は世界有数の産油国であるのに法外なインフレに見舞われ、同国の人口の3分の1が国外に去った。これを破綻国家と評しても不当とはいえない。国家主権侵害と破綻国家のどちらを重視するかは、自由に表明されたベネズエラ国民の意思に待つほかない。

2026年1月4日日曜日

 箱根駅伝の不思議

  私は毎年正月の箱根駅伝に特別の関心はなく、例年は新聞で結果を知るだけ。今年もご苦労さんだなと他の番組の合間に見る点では例年と変わりなかったが、偶然に上り坂の往路の所要時間より下り坂の復路のそれがより長いと聞き常識に反するとしか思えなく、昨日と今朝の新聞の紙面を読み比べてみた。すると、私の引き算に誤りがなければ(今朝の紙面には往復の合計の数字しか載っていない)、なるほど優勝校の青山学院大は往路5時間18分8秒で復路5時間19分26秒。早稲田大は往路5時間18分26分で復路は5時間19分26秒。確かにコースの大半は平坦路だが、それにしても驚きである。往路に強者を集中的に配置したとも思えない。

 レベルの全く違う話で失礼だが私はほぼ半世紀近く前、ゼミ学生の一部数名と箱根古道を寄木細工の畑宿から芦ノ湖まで歩いた。現在の国道一号線との距離の比較はできないが、ダラダラ歩きで息は切れないとはいえ、下りより登りの所要時間が少ないとは..........。素人には分からないことは世に多いが。