印旛沼の溢水など、一カ月ほど前の線状降水帯による水害に続いて千葉県での水害が続く。沼の溢水ほど写真写りが目立たないが、JR東日本の内房線の崖崩れの被害は深刻で、復旧に3ヶ月ほどかかりそうだとか。
名称がいつから内房線に変更されたかは知らないが、私が子供の頃毎夏利用した時代は房総西線という線名だった。両国が始発駅で行先名は安房鴨川だった。むろん蒸気機関車の時代で、下車駅の館山駅(当時は安房北条駅)までの車窓の景色が珍しかった。千葉駅から間も無くの海苔干しの風景に始まり、右手の東京湾と続く。上総湊付近では網戸を下ろさせることが多かったが、密かに覗くと軍艦が1隻2隻停泊していた。地図を見れば分かるが、対岸の横須賀軍港は意外に近く、その一部の役割を果たしていたのだろう。安房北条駅からは木炭車のバスで、白浜の手前の根本のバスストップまで乗るのだが、戦時中は手前の布良(青木繁の「海の幸」という名の絵で知られる)までしか行かず、2キロほど歩かされた。房総半島の先端部は花の栽培地帯で、新聞写真やテレビで一時はたびたび紹介されたが最近はどうなっているのか..........。