新聞で、時計店が襲われ超高級なスイス製の腕時計が強奪されたとの記事を読んだ。億円単位の中古時計など我々とは全く無縁の事件だが、それを読んで私は三度か四度利用し、 スイス時計を購入したことのあるアンカレッジ空港を思い出し、感慨に耽った。
戦後の我が国とヨーロッパとの間の交通路は旧ソ連が外国機の領空利用を許さなかったため、南回りの海路や空路や、ナホトカ航路でその後はソ連航空でシベリア横断するしか渡欧の方法はなかった。しかしその後に北極の上空を横断するルートの利用が一般的となり、私も3回か4回利用し中継地のアンカレッジ空港に立ち寄った。
当時は日本出国時の外貨保持は制限があった(750ドル?)ので、夏季休暇を利用してフランスの国立図書館や文書館に日参する私自身を含めて何としても帰国まで食い繋ぐ必要があり、 カルチエ・ラタンの安価などんぶり飯を提供する日本食堂は混んでいた。
帰国時のアンカレッジ空港で無税の電池式のオメガ(当時は新式でもてはやされていた)を購入した。空港の利用者は時間にもよろうが日本人が大半で、うどん店の前は行列。あと数時間で寿司でも天丼でも食べられるのにと、私は我慢。こうして入手した電池式オメガを数年間愛用したが、電池交換が必要な腕時計の人気はその後下り坂となり、私も利用を諦め売却した。
一時は利用客の大半が日本人だった?アンカレッジ空港は今はどう利用されているか。 たまらなく懐かしい。