2026年9月30日水曜日

 中国共産党と私?

  『朝日新聞』に「職にあぶれたたどり着いたネットカフェ」という記事があった。中国の若者がネットカフェでゲームに熱中との記事で中国南部の貴州省の遵義のカフェの訪問記が載っている。私には遵義という地名にかすかな記憶があり、ネットで調べたらやはり毛沢東がはじめて中国共産党の指導的地位を得た場所だった。当時の同地方は共産党の支配下にあった。

 しかしその後の国民党の蒋介石軍の攻撃を受けて共産党軍は華北の陝西省の延安まで「長征」とも「大西遷」とも呼ばれる大逃避行の途中、揚子江上流の太鼓鎮という町で集団渡河した。現中国にとっては記念すべき街には当然記念館があった。毛沢東は同行していなかったので、私がツアーで訪ねたとき展示は賀竜将軍を中心だった。彼は文化大革命で失脚したのに僻地の記念館の展示にまで影響は至らなかったか? それにしても共産中国の人物評価にはついて行けない!

2026年9月26日土曜日

 未開人ほど平和愛好者?

  通常あまり見たことがないテレビ番組だが、 NHKの『地球ドラマティック』という番組で、「冒険家コンゴを行く、 森奥の先住民族の村で」というドキュメント番組を見た。アフリカの赤道直下のコンゴ共和国の最奥の森の中で暮らすムベンジュレ族(人口6万人以下とか)を白人のリポーターが訪ねる番組だった。

 男も女も薄いTシャツを着ているのは半数以下。下は腰蓑で、思わず子供の頃読んだ人気漫画『冒険ダン吉』を思い出した。彼らはニューギニアの奥地に住むと聞く未開民族と同程度の文明の発展段階だろう。しかし彼らは狩猟は毒ベビも殺さない穏やかな採集民族。およそ財産などに関心のない共同生活を送っている。私は狩猟採集民族は低い文明段階にあると考えていたし、今でもそう考えているとはいえ、例外もいると思いたくなった。

 我が国でもアイヌ民族が多年未開民族と考えられたのは、狩猟採集民族は下位の発展段階にあると考えられたことと無関係ではないだろう。しかし、原水爆戦争の脅威に加えてAIによる地球文明の破滅の可能性まで無視できないとなると、「先進民族」の功績も再考しなければならないのか?

2026年9月25日金曜日

 房総西線の思い出

  印旛沼の溢水など、一カ月ほど前の線状降水帯による水害に続いて千葉県での水害が続く。沼の溢水ほど写真写りが目立たないが、JR東日本の内房線の崖崩れの被害は深刻で、復旧に3ヶ月ほどかかりそうだとか。

 名称がいつから内房線に変更されたかは知らないが、私が子供の頃毎夏利用した時代は房総西線という線名だった。両国が始発駅で行先名は安房鴨川だった。むろん蒸気機関車の時代で、下車駅の館山駅(当時は安房北条駅)までの車窓の景色が珍しかった。千葉駅から間も無くの海苔干しの風景に始まり、右手の東京湾と続く。上総湊付近では網戸を下ろさせることが多かったが、密かに覗くと軍艦が1隻2隻停泊していた。地図を見れば分かるが、対岸の横須賀軍港は意外に近く、その一部の役割を果たしていたのだろう。安房北条駅からは木炭車のバスで、白浜の手前の根本のバスストップまで乗るのだが、戦時中は手前の布良(青木繁の「海の幸」という名の絵で知られる)までしか行かず、2キロほど歩かされた。房総半島の先端部は花の栽培地帯で、新聞写真やテレビで一時はたびたび紹介されたが最近はどうなっているのか..........。

2026年9月23日水曜日

 ひいきの引き倒し

  他紙の論調は知らないが、我が家が購読している日刊紙は高市首相が表明したトランプ米大統領の赤根国際刑事裁判所長官への攻撃に対する2回の遺憾の意では不充分であり、もっと明解な反論をすべきだとの立場のようだ。しかし、赤根長官は日本人ではあるが、我が国の国家公務員ではなく、言わば国際公務員。 出身国首相があれこれ口を出すべきだろうか?

 私とてもトランプ大統領のICC長官への攻撃を不快に思うし、何よりも11月の米国の中間選挙での共和党の敗北でトランプ大統領の「レームダック化」を一日千秋の想いで待ち望んでいる。しかしそれとこれとは別。赤根長官自身が日本国首相の支援発言を望むとは到底思えない。

2026年9月19日土曜日

 フォークランド戦争の記憶

  今日のNHKのBS放送の番組『ワイルドライフ』は、アルゼンチン沖のフォークランド諸島でのイルカの生態を克明に追っていた。新聞の番組表にはフォークランドの名は勿論、 イルカの生態の番組とも表記されていなかったので、 私は偶然に途中から見たのだが、フォークランド諸島が舞台と知って番組を最後まで見た。

 同諸島を巡る英国とアルゼンチンの間の「フォークランド戦争」が起こったのは1982年のこと。同諸島は両国の住民が住むとはいえ、多年英国領だった。ところが、アルゼンチンの軍事独裁政権が人気取りのため、 植民地解放を口実に同諸島の奪還を試みた。何しろ南極に近い絶海の孤島で、よもや英国が再奪還のため出兵するとは思わなかったのだろう。しかし、サッチャー英首相は空母を含む英国艦隊を送り、最新兵器を駆使した海戦により同諸島を再奪還した。

 英国艦隊がプリマス軍港に帰還した時、テレビで見た英国民の歓迎ぶりはすごかった。大戦後の植民地独立の趨勢を受けて大英帝国の消滅を不本意ながら受け入れてきた英国民が、それに便乗しようとしたアルゼンチンの軍事独裁政権を敗北させたことがどれほどの喜びだったかは私にも理解できた。これでサッチャー首相の人気が高まったことは言うまでもない。

2026年9月15日火曜日

 朝鮮人同級生との小さな思い出

  朝日新聞の夕刊に「決闘から始まった授業」との見出しで、広島の高校生と同地の朝鮮中高級学校の生徒らの衝突と和解の努力のエピソードが載っていた。私は戦争末期東京を離れ地方の小学校で2人の朝鮮人の生徒と一年足らずだが同級生だったことがある(東京では同国人と会うことはなかった)。彼らの親は飛行機工場の拡張のための土地造成の作業に従事していた。日本人生徒が朝鮮人の生徒をいじめたりすることは皆無だったのは、彼らが大柄だったことと無関係ではなかったかも知れない。

 彼らの居住する集落は小学校と道を隔てた反対側にあり、ある日私は誘われて同級生の家を訪ねた。典型的なバラックの家だったが新築後間も無くだったので清潔な感じだった。 他の同級生が集落を訪れることは皆無だったからか、同級生の母は大歓迎してくれた。現在と異なり交流がゼロでは生徒同士の衝突もなかったということか? ともあれ、エトランジェ同士が慰め合ったということなのだろう。


2026年9月13日日曜日

 「9・11事件」の記憶

  今年は乗っ取られた複数の民間航空機がニューヨークの世界貿易センタービルを攻撃して破壊したいわゆる「9・11事件」の25周年ということで、新聞を中心に回顧記事が目立った。日本人ビジネスマン数十名も犠牲になった驚愕の事件だった。私はたまたま途中からテレビを見て最初は何が起こったのか理解できなかったが、2機目(3機目?)が突入するのを見てやっと事態を理解し、言葉を失った。

 犯人たちもあれほどの事態になるとは予想していなかったかも知れないが、何の関係もない民間航空機の乗客たちの生命を奪うことを何とも思わない犯人たちの冷血漢ぶりに言葉を失った。その意味では当時のブッシュ大統領や米国民の怒りは理解できる。

 実は過去にアフガニスタンに侵攻した英帝国と旧ソ連のどちらも何の成果もなく撤退した。だからといって結果論から米国のアフガニスタン侵攻を過去の歴史を学ばなかったなどと批判する気にはなれない。人命の喪失を何とも思わない宗教指導者が世界には存在すると観念する他ないのだろう。