『朝日新聞』に「職にあぶれたたどり着いたネットカフェ」という記事があった。中国の若者がネットカフェでゲームに熱中との記事で中国南部の貴州省の遵義のカフェの訪問記が載っている。私には遵義という地名にかすかな記憶があり、ネットで調べたらやはり毛沢東がはじめて中国共産党の指導的地位を得た場所だった。当時の同地方は共産党の支配下にあった。
しかしその後の国民党の蒋介石軍の攻撃を受けて共産党軍は華北の陝西省の延安まで「長征」とも「大西遷」とも呼ばれる大逃避行の途中、揚子江上流の太鼓鎮という町で集団渡河した。現中国にとっては記念すべき街には当然記念館があった。毛沢東は同行していなかったので、私がツアーで訪ねたとき展示は賀竜将軍を中心だった。彼は文化大革命で失脚したのに僻地の記念館の展示にまで影響は至らなかったか? それにしても共産中国の人物評価にはついて行けない!