二作とも武士の意地を貫いた男たちの物語であり、出来栄えも甲乙付け難いが、私の好みは『柘榴坂の仇討』にやや傾く。『蜩の記』は原作は直木賞受賞作らしいが、藩の御家騒動が絡んでおり、やや意外性に欠ける。御家騒動がらみでは近年でも藤原周平原作、山本洋次監督の三部作があり、さらに古くはNHKテレビの日曜ドラマ『樅の木は残った』がある。特に原作の重厚さという点で『樅の木』はやはり抜きん出ていた。『柘榴坂』は桜田門外の変で主君井伊直弼を守りきれなかった警護役の十三年にわたる仇討の物語であり、筋書きの斬新さは『蜩』に優っていた。単に主君への忠義のためだけでなく、直弼の人柄への傾倒の故としたのも悪くなかった。
偶々、出たばかりの『サンデー毎日』10月26日号に中野翠が時代劇映画ベストテンを書いており、一位『七人の侍』、三位『切腹』( 二位は『幕末太陽伝』、私は?)は全く納得した。前者はベネチアかカンヌの映画祭で、レナート・カステラーニ監督の『ロミオとジュリエット』に最高賞を譲った。しかし、その後も『七人の侍』はヨーロッパでもときに再映され、評価も高いのに、『ロミオとジュリエット』を知っている人は殆どおるまい( 素人から選ばれ一作で映画界を去ったスーザン・シェントゥールのジュリエットの気品ある美しさ、ルネサンス調のテーマ音楽『プリマヴェーラ』は忘れ難いが )。やはりヨーロッパ人はシェクスピアの原作が現地ロケで色彩豊かに描かれると贔屓してしまうのだろう。
小林正樹監督の『切腹』は英国の大学町で再会した。観客は大半学生で、併映したゲーリー・クーパー主演の『真昼の決闘』が彼らのお目当てだったと私はにらんでいるが、二本目の『切腹』が終了した時、すぐ立ち上がる者は殆ど居なかった。それほど圧倒されたと私は信じている。最も日本に理解があると考える二人の知人にぜひ見て欲しいと望んだのだが、彼らは曖昧な返事しかしなかった。ヨーロッパ人は切腹( 英語版のタイトルはHarakiriだった)と聞いただけで怖気を振るうらしかった。
なお、『七人の侍』も『切腹』も脚本は橋本忍だった。市川崑監督が映画の出来を決めるのは脚本七割、俳優二割、監督一割だと語ったと聞く。謙遜も含まれているだろうが、『七人の侍』以後の黒沢映画が今ひとつなのは橋本が離れたためだろう。日本映画の全盛期の最大の功労者は橋本忍だと私は考えている。
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