2017年2月19日日曜日

芥川賞受賞作品を読む

今年の第156回芥川賞に山下澄人氏の「しんせかい」が選ばれたというので出たばかりの『文芸春秋』を買って読んだ。同賞受賞作品を近年読んだことは一昨年の又吉直樹の「花火」以外は滅多に無く、2004年の綿矢りさ、金原ひとみの共同受賞以来かもしれない。その時読んだ動機が文学的興味というよりは二人の年若い女性の作品という不純な?動機だったように、今回も倉本聰の「富良野塾」の元塾生の作ということも動機と無関係ではなかった。

弁解になるが、近年芥川賞受賞作品と縁遠かったのは端的に面白いと感じなかったからであり、作品の文学的価値とは無関係である。新人の有望作家の発掘が賞の目的であれば応募作は新しさを追及した実験的作品が殆どとなり、執筆の経験などない一般読者には面白くないのは止むを得ない。

今回も富良野塾への関心が皆無なら途中で投げ出していたかもしれない。作品の大筋は北海道の厳しい自然の中での激しい肉体労働と粗食 ( 主人公は健康を害する ) と、そこでの塾生同士の人間関係であり、倉本聰の演劇観や指導ぶりには時たま言及されるだけ。倉本がときに塾生に厳しいのは都会育ちの演劇青年たちの甘さを叩きなおすためと考えれば十分納得がゆく。倉本にはあまり面白い作品ではないだろうが。

『文芸春秋』が当初の文芸雑誌から世相全般を扱う情報雑誌に変貌していっとき国民的月刊誌の地位を得たのは戦後であり、名物編集長池島信平の下でだった。氏は西洋史学科の先輩で、学科のコンパにいち二度顔を出されたことがある。「西洋史なんかやって何になる」と氏にからかわれて先輩の大学院生が「今さらそう言われても」と反論したが勿論双方ともやりとりを楽しんでいたのである。当時の氏は『週刊朝日』の扇谷正造、『暮しの手帖』の花森安治と並んで名編集長の三羽烏とされた時代だった。最近、朝ドラの影響から花森安治だけに陽が当たっているが、池島自身が自分も扇谷もそれまであったものを発展させたが、花森は無から出発したと一目置いていた。三人は個人的にも相許す仲だった。

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