新海監督は長野県東部の小海町出身で、故郷の自然の美しさに早く目覚めたが、アニメ映画の中の風景描写としては宮崎駿監督の作品にもっとも心惹かれたという。私はそもそもアニメ映画をそれほど見ていないが、「隣のトトロ」をはじめとする宮崎作品の風景描写の美しさについてはこのブログでも言及したと記憶する ( 計300余回ともなると確かではないが )。空を入れた何でもない風景が、あゝ、こういう風景に出会ったことが有るよなと懐かしく感じる点で新海氏に同感である。ある意味でフェルメールの「デルフトの眺望」に共通する!
私がブログ名に借りた徳富蘆花 (健次郎 )の『みみずのたはこと』の良さも文章で同じ既視感を強く感じさせる点にある。初期の『自然と人生』ほど有名ではないが、『自然と人生』の文章が名文ではあってもいかにもそれを意識した名文であるのに対し、『みみずのたはこと』のそれは毀誉褒貶を度外視した感じの素直な文章である。作中の「安さん」という短編は、しばしば居宅に立ち寄ったおとなしい乞食の安さんの死を聞き、「秋の野にさす雲の影のように、淡い哀しみがすうと主人の心を掠めて過ぎた」と結んでいる ( 一部の漢字を現代式に変換 ) 。深く哀しく思う間柄ではない人物への前半の比喩がじつに巧みである。こういう感慨が人生には有るよなと感じさせる。映像と文章の違いはあってもどちらも心に残る表現と感じる。
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