今朝の朝日新聞に、帝国論で思想界の注目を浴びたフランスのE.トッドの長文インタビューが載っている。彼は現在のフランスで『シャルリー』を批判する権利を口にすると相手は、「君は表現の自由に賛成じゃないのか、本当のフランス人じゃないな」と「決めつけられる」とこぼし、「今日の社会で表現の自由を妨げるのは昔ながらの検閲ではありません........。今風のやり方は (中略 )世論の主導権を握ることです」と語っている。
少し古いが2月8日の読売新聞の世論調査で、「政府は日本人が外国の危険な地域に行かないよう呼びかけています。危険な地域に行ってテロや事件に巻き込まれた場合、その最終責任が本人にある」との設問への回答は、イエスが83%、ノーが11%、答えなしが6%だった。いかにも誘導的な設問だが、そうでなくとも結果が逆転するとは思えない。だが、逆であってもなくても良い。問題なのは諸新聞の投稿欄に二人の人質の責任を指摘する投稿が全く見当たらないことである。そうした投稿がないはずがないのに、新聞が取りあげない (ふだんあれほど意見が対立している新聞がどちらも )。「死者に口なし」との諺があるが、現代日本では逆に死者への批判は厳禁となる。
今日、「世論の主導権を握る」のはマスメディアである。それが公正な報道をしないならば、「作られた世論」が支配的になる。トクヴィルの警告は現代の米国やフランスだけでなく、残念ながらわが国でも真理ではないだろうか。
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