『人形の家』で知られる劇作家イプセンの作品に『民衆の敵』がある。ノルウェーの田舎町で温泉が発見されるが、主人公の医師は工場 ( 妻の実家 ) の廃液が混じり健康に害があると発表する。しかし、温泉による町の発展を願う町民たちの中で彼は孤立し、民衆の敵とされてしまう。
明治維新直後の飛騨地方で「梅村騒動」と呼ばれる大規模な民衆一揆があった。新政府から高山県知事に任命された水戸藩士梅村速水 ( はやみ ) は理想に燃えて新しい改革を次々に実施したが、こと志と違って民衆の怒りを買い、ついに免職となった。高山出身のプロレタリア文学者江馬修 ( なかし又はしゅう ) により戦中から戦後にかけて『山の民』三部作 ( 1949年 )が書かれ、1952年、『情火』というタイトルの映画ともなった ( 松竹映画 若原雅夫主演 ) 。ほとんど忘れられた映画だし、原作に比べれば粗筋だけの作品だが、罪人として唐丸籠に入れられて東京に送られる梅村の姿は忘れられない ( 獄死とも病死とも伝えられる。獄中で病死?)。
朝日新聞の付録『グローブ』( 5月7日号 ) に在米ライター宮家あゆみの「元大統領が描く兵の肖像」という記事が載っている。今年70歳になるブッシュ元大統領は4年前からチャーチル元英首相に倣って絵を書き始めた。この間、「驚くほど画風が洗練され」、このほどイラクやアフガニスタンで戦った兵士たち98人の肖像画集を出版しベストセラーになっているという。宮原氏は、「肖像画からはブッシュ氏の純真さや誠実さ、モデルになった人物に対する彼の共感と敬意が伝わってくる」と評するとともに、「そもそも誰が彼らを戦地に送り出したのか」との批判派の発言も紹介している。
イラクのフセイン大統領が大量破壊兵器を隠していなかったことは今日明らかである。しかし当時、コリン・パウエル国務長官さえ国連で逆の訴えをした ( 今ではそのことを深く後悔していると聞く )。私は彼の誠実さを疑うことはできない。個人の責任もさる事ながら、民主主義のために誕生した米国という少なくともリンカーン演説に遡る国家神話の功と罪、恩恵と危険とを冷静に見定めるべきだろう。
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