映画界とは無縁だった私だが、二枚目時代の竹脇無我に会ったことがある。(見かけたではない!)実は拙宅が僅か2カットだが映画のロケに使われたのである。1968年か69年始め、竹脇と倍賞千恵子主演の「結婚します」という映画の原作者山口瞳がロケハンして我が家を選んだと、突然現れた松竹映画のスタッフが説明した。シナリオのプロデュウサー名を見たら大学時代の同級生だった。スタッフも驚いていた。
ロケ当日、元同級生もむろん顔を出したが、竹脇も拙宅で時間待ちした。私はそれまで彼を全く知らなかっののた(直前二年間、日本を留守していたことも一因?)が、叔母に是非サインをもらってくれと頼まれたので便箋を用意した(色紙の存在など知らなかった)。
案外だったのは二十歳台後半の彼をそれほどイケメンだとは感じなかったことである。いざとなれば役者は良い表情を見せるのか、カメラマンが上手なのか、その後のテレビ画面の彼は矢張り大変格好良かった。
もう一つ、びっくりしたのは、たかが2カットの撮影のため二十人ぐらいのスタッフがやって来たこと。まだ邦画の黄金時代の名残りがあったのだろう。拙宅はまだ庭木が殆どゼロだったのでどうかと見ていたら庭木も持参しており、スタッフの一人がパッと地面に横たわり、片手で庭木を支えた。
その後、招待券を二枚送ってきたので妻と母が見に行った。それによると我が家は母一人子一人の家となって居たという。失礼な!と思ったが後の祭りだった。
拙宅ではないが、我が家を含む住宅地は、その後ジブリ映画の「耳をすませば」の舞台となった。アニメ映画なのでロケ騒ぎはなかったし、映画の中の何処にも地名は出てこないが、見れば一目瞭然である。最近は駅前に洒落た案内箱(としか言いようが無い)も設置された。ジブリと日テレの共同制作のためか日本テレビで四年に一度ぐらいの間隔で放映される。その結果休日はもちろん平日にもアベック(古い?)や同性同士の小グループ(我が家では耳すま族と呼んている)にひんぱんに出会う。以前は案内めいたことを言うときもあったが、最近の若者はスマホ片手なので聞かれることもなくなった。
映画のストーリーは何ということも無い中学生の初恋物語なのだが、根強い人気の秘密を私は全編に流れるアメリカ民謡「カントリーロード」の故と睨んでいる。最近は駅の上りホームの到着予告音にも使われているが、短すぎて分かる人は殆どおるまい。
ともあれ、これらの若者が社会の中堅になって家を持つ頃には、我が家の不動産価格が上がるのではないかと、らちも無い想像にふけっている!
0 件のコメント:
コメントを投稿