2021年12月25日土曜日
死刑廃止論者の不思議な沈黙
2021年12月21日火曜日
人口激減の韓国
私が中高生だった頃でも正規の学校教育以外のいわゆる家庭教師やピアノを始めとする習い事は皆無ではなかったが、現代日本の学習塾や習い事の盛況ぶりは老人の予想を超えているようだ。しかし、お隣の韓国の大学入試や企業入社のための競争は日本のレベルではないとも漏れ聞いていた。その結果韓国では経済事情と子供の将来とを考慮して出生率が異常に低いとも。
NHK BS1の「ママにならないことにしました。韓国ソウル出生率0.64の衝撃」(12月19日)を見た。それにより、「反出生主義」や「非婚」の原因は単純ではないと知った。番組によると韓国の出生率は0.84、ソウルなら0.64 (日本は1.34)。 2以下なら人口は減少するし、韓国の人口は2100年には半減。2750年にはゼロになる。それでも反出生主義や非婚が増加するのは現政権の下でソウルのマンション価格が倍増という経済的理由もあるが、1)「自分を磨くこと」を優先、2)「子どもが幸せになれない社会」への失望 も大きいという。
1)は、育児退職を迫られたり、弁護士のようなハイクラスの職業人でも出産と育児の数年間の空白は不本意だし、2)は、現代日本以上の競争社会への反発や失望があるという。しかし、孫の誕生を望む両親の失望、とりわけ儒教道徳の残る地方の両親の反対を押し切るばかりでなく、子を持ちたい夫君の反対も乗り越えて0.84や0.64という低い出生率が記録されているとは..........。我韓国女性の強さが印象的である。我が国の女性もやがて韓国女性の後を追うのだろうか。
2021年12月19日日曜日
欧米化と孤独
多摩市(当時は町)に私が住み始めたころ駅周辺にスーパーは無く、日常の食材調達は八百屋、肴屋、肉屋でなされた。そのため家人が店主らと顔見知りになることが多かった(とりわけ肴屋は我が娘の同級生の家だった)。 しかし数年後駅前に電鐵系のスーパーが開業し、食品の個人商店はほぼ消滅した。客がスーパーの店員と顔見知りになることはほぼ皆無。いまや支払いも精算機相手となりつつある。人間関係はいやでも希薄になった。
近年、1ページ全面の新聞広告が多くなったが、コロナ禍と関連するかどうか食品とくに生鮮食料品の広告がその仲間入りをしつつあり、今朝の全国紙はほぼ3ページが魚類を中心とする食料品の広告だった(『朝日』は3ページ半)。最近の冷蔵輸送技術の進歩が可能にしたのだろう。しかしそれによりスーパーへの行き帰りの途中に多少でもあった隣人同士の会話も、便利さと引き換えに減る筈。スポーツジムの隆盛と食品入手の多様化とは無関係ではないかも?
英国では最近、孤独担当大臣が創設され、我が国も後を追っているらしい。西欧諸国では我が国よりも一歩も二歩も先に個人主義が伸長した。しかしその結果、孤独な老人が増え、その隙間を犬や猫が埋めた。日本女性の憧れのパリは路上に犬のフンが多く、回収のためのスクーター隊もいた(最近は知らない)。 我が国でも犬を連れた人と行き交う機会が多くなった。日本人はフランス人より行儀が良いのでまさか糞回収のスクーター隊は出現しないと見るが............。
2021年12月12日日曜日
日本アカデミー賞受賞作品群への私の独断と偏見評
2021年12月6日月曜日
ギリシア旅行の思い出
昨夕、民放テレビ(TBS)で「世界遺産 2015米の山頂に天空ピラミッド」という30分番組を見た。番組表では国名は分からなかったが、現在のトルコのアナトリア高原のとある山頂に細石を数十メートル積み上げたピラミッド状の墓があり、その麓にギリシャ風でもありペルシャ風でもあり両国文化の融合を示す石像が三つ四つ並んでいる。私の貧弱な古代史の知識ではギリシャとペルシャはマラソンの起源でも知られるペルシャ戦争やアレクサンダー大王による後者の滅亡など対立抗争の側面しか知らなかったが、交流や融合の側面もあったと知らされた。
ギリシャを訪ねたことは某社のツアー利用の一度しかないが、アテネやオリンピアや神託で知られるデルフォイなどの遺跡群や第一回近代オリンピックの競技場など興味満点のツアーだった。丁度元ゼミ生(大学院は専門家がいる他大学)がアテネ大学に留学中(それもこの期にギリシャ旅行を選んだ理由の一つ)で、現地の日本人ガイドは彼女の友人(駐在員夫人?)だった。お陰でペルシャ戦争でスパルタ軍が勇戦全滅して知られるテルモピレーという地名は温水が出る門という意味(英語の体温計と同じ語源)など教えていただいた。
しかし、私が西洋史の教師で友人の旧師ということで神経過敏にもなっていたようで、ソクラテスの言葉として有名な「汝自身を知れ」が元はギリシャの先哲タレスの言葉との説もあると私がうっかり口にしたら居合わせたギリシャ人の大学生を証人に立ててきた(ギリシャ人だからといって誰でも知っているわけではなかった)。 北部のメテオラ遺跡(絶壁の上に修道院。最近テレビコマーシャルにも)で、彼女が「皆さん、この絶壁をどうやって登って修道院を開いたか分かりますか」と問いかけた。どう工夫したか、その方法を尋ねているとは予想できたが、からかい心から「よじ登った」と答えたらまたまた彼女はキッとなった。あとで元ゼミ生に私のことをどう酷評したかは聞き漏らした!
2021年12月2日木曜日
印象操作の見本?
数日前から、国民に結局配られなかったマスクが一億枚近く(8272万枚)残っているとの報道を見かけていたが、昨日報道機関に現物が公開され、新聞各紙に写真入りで報道されている。ところが内容が甚だしくミスリーディングな社もある。
代表的なのは『東京新聞』で2ページにわたり「在庫なお8000万枚 保管費用6億円超 さまようアベノマスク」「もう捨てるしかない 『税金の無駄 責任取れ』」との見出しで、その激しさに驚いた。『朝日』は夕刊に小さめの記事(朝刊で他紙に後れをとったから?)だが写真入りで、「アベノマスク 倉庫に山積み 布マスク10万箱 使われぬまま」との見出しで報じている。
両紙ともこの記事では8272万枚が全てアベノマスクだと受け取る人が大多数だろう。しかし、同日の『毎日』によればアベノマスクは405万枚。全体の5%だった。まさか安倍政権時代に配られたマスクはすべてアベノマスクと呼ぼうというのだろうか。配られた当時その貧弱さを指摘していたのに。
じつは我が家もアベノマスク(真の!)が未使用で残っている。別のマスクとほぼ同時に入手したのでより大型のものを優先使用したので。
最初にマスクの残存が封じられたとき、予備と考えれば1億3000万人に8000万枚は大きな数ではないと思った。オミクロン株が大問題となった現在、一層そう思う。なによりマスク2種が配布されるまでの当時の不安感は忘れられない。
2021年11月27日土曜日
放置自転車と『自転車泥棒』
昨日の夕刊(『朝日』)の第一面に、「放置自転車 職人がアシスト」との見出しで、国内で撤去される放置自転車年間100万台超の再生の試みが紹介されている。自転車の価値がそれほど低下しているとは............。
またまた古い話になるが、 戦争直後のイタリア映画はネオ・リアリスモと総称される一群の作品を生み、ロベルト・ロッセリーニの『無防備都市』やヴィットリオ・デ・シーカの『自転車泥棒』は一世を風靡した。なかでも後者は、仕事に必要な自転車を盗まれた主人公が追い詰められた挙句、他人の自転車をぬすむが、幼い息子の面前で警官に逮捕されるという衝撃的な映画だった。
それ以後わたしはデ・シーカ監督のファンとなり、『ミラノの奇蹟』(1951)、『終着駅』(1953)、『ひまわり』(1970)などの作品を見たし、1966年の最初の大陸旅行で映画の舞台となったミラノの大聖堂( ドゥオーモ)の屋根を歩いた。
その後のイタリア映画はフェデリコ・フェリーニ監督の難解で独りよがりの?映画が主流になった。そうした傾向に対して映画は大衆に理解されるものであるべきだと考えたデ・シーカの『ひまわり』は、第二次世界大戦に翻弄されたイタリア人夫婦の物語で、ヨーロッパ現代史を教える私にはヘンリー・マンシーニ作の主題曲とともに忘れられない映画となった。
放置自転車の話題から大きく外れてしまったが、自転車を粗末に扱う人たちに生活のため一台の自転車を盗んだ時代のことを知ってほしいとの願いは、お節介と思われても失いたくない。