2026年6月1日月曜日

 一同級生の思い出

朝日新聞の日曜日の多摩版はほぼ1ページ全面を費やして森ビル関連の記事を載せている。 多摩地方と森ビルは縁遠いので都内版も同じ記事なのか?

 大戦後にビル一棟所有の一介の不動産業者だった森泰吉郎氏が始めた「森ビル」が今のように発展したのは同氏の力量だろうが、多数の商店や個人住宅を説得して地域の総合開発を実現するという想像するだに困難な事業の第一線で奮闘したのは同氏の長男で私のクラスメイトでもあった森稔君だった。

 同君とは入学最初の2年間の「教養課程」の「フランス語未習クラス」の一つで出会った。その頃の彼は演劇好きの青年で、大学祭で私のクラスが『第三帝国の恐怖と貧困』というブレヒト原作の劇の上演をした首謀者の1人であり、演出担当だった。私も協力させられ上演中舞台に出ずっぱりだったが、初めから終わりまでセリフの無い酒場の客だった!

 長男の森君はすでに将来は家業を継ぐ覚悟だったろう。ただ一回芝居に出ただけの私も、クラス全体が2回のクラス雑誌の発行(私も川端の真似をして?伊豆旅行記を寄稿した)やハイキングなどの行事好きだったお陰でその後の森ビルでの同窓会の常連となった。同君にはもっと長生きしてほしかった。 

 もしかして大学祭に出演の件はブログで二番煎じかも。そうだったらスミマセン。