2019年7月25日木曜日

松方コレクション展によせて

現在、上野の国立西洋美術館で開催中の松方コレクション展に合わせて、NHKの『日曜美術館』で「3000の数奇な運命   松方コレクション百年の旅路」が放映された ( 7月14日 )。最近ようやく録画で鑑賞したが、一昨日 ( 23日 ) にBS日テレの『ぶらぶら美術館・博物館』でも同展を紹介していた。両者には数字など細部で違いもあったが、断片的にしか同コレクションの由来を知らなかった私には教えられることが多く、感動を禁じえなかった。

よく知られているように同コレクションは、第一次世界大戦中に莫大な利益を得た「川崎造船所」( 船の需要は無限だった ) の経営者の松方幸次郎が英仏両国で買い集めた3000点に達する絵画や彫刻などを指す。両国人の優れたアドバイザーにも恵まれ大金を投じて買い集めたが、一方で富豪の道楽買いと見られもした。その面が無いとは言えないが、最近、特定の絵を入手して大層喜んだ手紙も明らかになり、必ずしも量だけを追い求めたわけではなかった。さらに文中には日本人が「西洋人の心を理解する手助けをしたい」とのコレクションの目的が記されており、同胞の西洋理解を深めることも目的だった。

しかし、3000点の美術品の半ばは関東大震災の猛火により失われ ( NHK ) 、日本政府が「贅沢品」輸入!に100%の税を課するためロンドンに保管中だった900点は第二次大戦中のロンドン空襲により失われた ( 同 )。パリに保管された400点はドイツ軍の進駐の前に郊外に疎開され喪失を免れたが、戦後の返還 交渉( 大戦中の日本はフランスの敵国だったため「返還」ではなく「没収品の寄贈」と見做すフランスは、20点を返さなかった !)でフランス政府は散逸しないよう単一の美術館への収納を「寄贈」の条件とした。こうして国立西洋美術館が誕生した。

第一次大戦終了とともにわが国の戦争景気は終わり、昭和恐慌の中で川崎造船所の経営も破綻した。社員にとっては社長の美術品道楽も一因と感じられたことだろう。しかし、大きく異なる文化を持つ日本人に「西洋人の心を理解する手助けをしたい」との松方幸次郎の高い志は失われなかったと言えるだろう。そして、そうした志は松方だけでなく多くの明治人に共通したものだったろう。

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