それでも被害は大きいとはいえ再建困難ではなさそうなのは良かった。これが完全な木造建築だったら文字通り「灰燼に帰して」いたろう。何より正面のバラ窓を含めステンドグラスの多くは安泰だったようだ。石造の部分はたとえ崩れてもかなりの程度に再建できようが、ステンドグラスの再生は困難だろう。
フランスには各地に華麗な大聖堂が存在するが、わたしが訪れた数か所ではステンドグラスの美しさといえばパリの西南数十キロ離れたシャルトルのノートルダム大聖堂が有名である。それもさる事ながら、遮るものもない大平原に立つ大聖堂が、近づくにつれ次第に大きくなって行くこと自体が感動的だった。
重要度で言えば、独仏国境に近いランスのノートルダム大聖堂は歴代のフランス王の戴冠の場所として知られている。パリの大聖堂と同様、フランス革命時に反宗教熱に取り憑かれた暴徒の破壊行為 ( ヴァンダリズムという言葉の語源とか )の対象となった上に、第一次大戦でドイツ軍の砲爆撃で巨きな被害を受けた。だが、素人が見た程度では完全に復旧されていた。
特異な大聖堂といえば南仏トゥールーズの近くのアルビの聖セシル大聖堂が第一だろう。石材を産しないための煉瓦造りでもあるが、この地で中世にカタリ派という異端派とローマ教会派の激しい宗教戦争を経て建てられたため、窓の小さな要塞としか言いようのない異様な聖堂だった。むしろ昔の司教館を利用したロートレック美術館が楽しかった。ロートレックといえばパリの歓楽街を描いたポスターで知られるが、馬の絵をたくさん描いていた。ヨーロッパでは競馬は上流階級の娯楽だった。
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