東北本線の夜行列車で早朝、大学での友人と二人滝沢駅に降りた。駅前から登山口までのバスを探したが、早朝だからかそもそもバス路線が無いのかバスの気配は皆無で、止むを得ず歩き出した。正午を過ぎて山頂に着き、その日のうちに松川温泉をめざして尾根道を歩いた ( 岩手山は盛岡方面からは独立峰に見えるが、連峰のひとつ )。「百名山」の番組では夕食の食材やコンロ持参なので重そうなリュックだったのに対し私たちは軽いリュックだったが、計15キロ ( と紹介していた ) のコース後半はやはり長かった。A君は生来の楽天家で途中で「あ、もう近い」と何度か言い、私が「未だ未だ」と返事することの繰り返しだった。それでも夕刻までに松川温泉に着いた。今思えばかなりの強行軍だったが若さで乗り越えた。翌日の午前、東京から直行したOさん ( 一年先輩 ) と合流し、八幡平にのぼり、籐七温泉と御生掛温泉に各一泊して帰京した。
ともにメディア業界に進んだ二人とはその後も安達太良鉄山に登ったりしたが今は二人とも故人である。真偽は明らかではないが、中間管理職となったA君は会社の労使紛争で板ばさみとなり自死したと聞いた ( あの楽天家の彼がそこまで追い詰められたとは.......)。その墓に一緒に詣でたOさんは定年後喉頭がんで亡くなった。声を失いたくないから手術をしないと本人から聞いたが、どちらが良かったか? 体力が無く何時も一番軽いリュックを許されていた私がこのブログを書いている。
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