新年早々、核兵器を所有する米英仏中ロが、「核戦争に勝者はなく、決してその戦いをしてはならない」との五大国共同声明を発表した。 この文言はもともと冷戦下の1985年にレーガン米大統領とゴルバチョフソ連共産党書記長が発表した誓いを再現したもので私は留保なくこの声明を歓迎する。
ところが、新聞各紙(1月5日)は声明を歓迎しつつも核兵器廃止への一歩ではないと指摘し、むしろ五大国の政治的計算が背後にあるとする。『毎日』は「非保有国の不満をそらす」との見出しを掲げ、某一橋大学教授の「核軍縮の議論を自分たちの手の届く範囲に収めておきたいという意図」との指摘を紹介する。『読売』も「軍縮遅れをかわす狙いも」との見出しで『東京』と共にICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)の事務局長の「聞こえの良い声明を書きながら、実際は正反対のことをしている」との言葉を紹介している。
国家の主張は自国の正当化と離れ難く、この場合も五大国声明への批判には当たっている面は否定できない。しかし、私は五大国側も核問題で早急に動く必要に迫られていたと考える。核兵器が使用されるとき最初に目標となるのは他ならぬ五大国である。それだけではない。
トランプ政権の末期、大統領の対外強硬発言を誤解しないようミリー米国統合参謀長が2回にわたり密かに中国軍幹部に大統領の暴走(核攻撃命令)に従わないと通告していたことが最近明らかになった。軍人は文民指導者に従うという民主主義国の大原則を破ったこの異常事態は核大国の軍幹部も恐怖に襲われたことを示している。
ゴルバチョフとレーガンの相互信頼の成果である核兵器不使用宣言に再び光を当てることほど現在必要なことはない。この問題ではどんな前進も相互信頼なしにはありえない。
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