2021年8月28日土曜日

事態に即応できない日本

  アフガニスタンで勤務していた邦人と彼らを助けていた現地人の国外脱出を実現するため派遣された自衛隊機は能力を発揮できず、今現在十数人の現地人の出国を助けただけ。残された時間は絶望的に少ない。新聞報道によればドイツなどNATO加盟諸国の脱出計画は終わりに近いという。これら諸国は軍隊を派遣していただけに情勢の悪化を肌に感じていたのだろう。。しかし、韓国さえ390人の移送作戦を終えたとなると(『朝日』8.28 )、我が国の立ち遅れはいちじるしい。

 同様の即応力不足はコロナ禍にも言えそうだ。ワクチン承認の遅れもそうだが、我が国の病院の病床数は列国以上と聞くのに二万人以上が自宅療養を強いられている。「酸素ステーション」も「野戦病院」も未だ緒についたばかり。そうした対応の遅れにはむろん政府の責任が少なくないが、特定の個人やグループの責任に帰すことが妥当なのか。制度の欠陥もあるのではないか。

 そもそも民主政治の運用は時間を要することは事実としても、欧米諸国はもちろん韓国よりも対応が遅いとあっては我が国の特殊性も与って力あると理解すべきだろう。戦前の経験に懲りて戦後の日本はできるだけ多くの意見を集約するのが正しいとされた。それが誤りとは言わないが、何事にも長所と短所はある。古代の共和政ローマには二人の執政官が存在し権力の分散を図ったが、戦争などの際にはそのうちの一人を選んで独裁官としたと聞く。我が国には、「船頭多くして船山に登る」とのことわざがあった。

2021年8月26日木曜日

コロナウイルスとの闘い方

  オリンピックが終わりパラリンピックが始まるまでの2週間あまり、コロナ感染者の数は増え続けている。その原因はオリンピック開催と関係があるのだろうか。外国人のオリンピック関係者を日本の市民から徹底して隔離する「バブル作戦」は幾つかのほころびはあったようだが、四万人とも言われる外国人関係者数を考えれば失敗したとはいえず、感染者数の増大の原因とも言えない。それに対してオリンピック開催が日本国民のコロナ禍への警戒心を弱めたとの説は数字で示すことは不可能だがあり得るだろう。

 他方、欧米諸国でも一時は抑え込んだかに見えた感染者数は日本以上に上昇している。こうした再増加に対しフランスの場合、ワクチン注射を証明する「健康パス」をレストラン(室内)や映画館で提示しなければならず、ニューヨークも同様らしい。しかし、そうした政府の施策に対して両国とも市民の自由の制限は許されないとする抗議運動も盛んだとのこと。自粛中心でなんとなく収まる我が国との長短の比較は人それぞれだろうが、自粛警察だけは願い下げにしたい。

 我が国ではコロナ感染者用の病床の不足への対策として「酸素ステーション」(医師と看護師を各1人配置)や「野戦病院」の新設で対応しようとしており、私は大賛成であり、むしろ遅すぎたと感ずる。しかし、現役看護師でもある宮子あずさ氏は、「社会全体の気分が戦時になるのは、決して好ましいことではない」「戦争気分の醸成には、特に注意しなければと思う」と野戦病院という呼称への強い違和感を表明している。私は宮子氏執筆のコラムにはこれまで共感することが多かったが、今回は賛同できない。入院を許されず病状の急変を恐れながら自宅での待機を強いられている患者の不安は如何ばかりか。野戦病院ほど緊急性を感じさせる呼称を思いつかない私は語彙が乏しいのか?

2021年8月22日日曜日

香港人亡命者の苦境

  NHKのBS1スペシャルが香港問題を取材した『香港ディアスポラ・ロンドン移民たちの一年』(7月17日放映)を録画で見た。このところオリンピックやアフガニスタン情勢など大イベントや大事件が続き私の関心も香港からやや遠のいていたので、録画再生が後回しになっていた。だが、香港人の苦境を改めて実感させられた。

 番組が主に紹介していたのは二年前まで香港の英国公館で勤務していた青年サイモンの近況である。彼も香港の自由が失われる事態を怖れて反中国デモに参加していたが、所用で本土を訪れた途端に逮捕され拷問を受けた。もう香港には居られないと感じ英国に亡命した。

 国安法が提起され、英国首相が香港人亡命者を受け入れると発表したとき、私は旧植民地母国の責任を果たす措置として立派だと思った。それに変わりはないが、英国は生活の面倒まで見るわけではない。さらに亡命審査中は就労が認められないのでレストランなど不本意な場所で働かざるを得ないとのこと。そのため少しだが先輩であるサイモンは戸惑う同胞たちの亡命手続や生活相談が仕事になった。ロンドンの中国人街も本土政府を恐れ亡命者に冷たく、最近は数多い中国人留学生も香港人亡命者を敵視するとのこと。

 英国は19世紀後半、ヨーロッパ大陸の革命家の亡命先となった(E.H.カーの名著『浪漫的亡命者』に詳しい)。当時は現代のように国家が出入国を厳しく管理することはなかったろうし、亡命者も家族のために使用人を雇用するなど余裕のあるケースが多かったようだ。自由を求めての亡命という点では同じでも、現代の香港人亡命者の困難には同情を禁じ得ない。

2021年8月21日土曜日

山椒の実の熟する時

  今朝、新聞を取りに屋外に出たついでに庭(そう呼べるとして)を見たら、初夏に採り残した山椒の実が真っ赤に熟していた。2メートルほどの樹高でも実が十分取れたので採り残したのだが実が赤くなるとは知らなかった。

 夏みかんや一口柚子の木には豊凶の差がそれほど無いが、温州みかんはそうではなく、昨年は収穫ゼロだった。それが今年は未だ青い実だが200個近くありそうで我が家なら買わなくともほぼ自給可能。甘さは四国あたりには敵わないが静岡県産なら負けない(この項、二番煎じ?)。

 実の成る木は他に富有柿があり、御近所にお裾分けするほど実るが、半世紀の間に大きくなりすぎた。先年、登って実を採っていたら向かいの家の奥さんが「危ないからやめて」と叫んだ。庭木も適当なところで成長をとめてくれると有難いのだが。それでも落ちてもカーポートのプラスチックの屋根が受け止めてくれると期待している!

 本ブログの題は明治の文豪の『桜の実の熟する時』をもじったのだが、iPADで内容を確認したら、えっ、こんなストーリーだったのと驚いた。読んだつもりだったのか、それとも記憶喪失か。どちらにせよ情けない。

2021年8月17日火曜日

アフガニスタン政治の行方

 アフガニスタンの首都カブールがタリバーンの手に落ちた。事態の進行は予想より多少速かったが、驚くほどのことではなかった。政府軍に戦意など無いことは明白だったから。たぶん仕事口もなく生活のため入隊した者が大部分だったのだろう。バイデン大統領の先見性の無さは呆れるばかりである。しかし、バイデンの米軍撤兵の決定自体は誤りではない。二十年間も援助しても効果がなく感謝もされないとあってはそれが当然だろう。トランプが早速バイデン批判を始めたが、撤退自体はトランプ大統領が決定したのである。

 大国が住民のゲリラに手を焼いた例は歴史上数多いだろう。ゲリラは住民の支持を得ているから強いとの思い込みは必ずしも正しくない。ゲリラは戦う時と場所を選べるから強いのである。今次大戦後まもなく英国はマレー半島の共産ゲリラ( と言われた。真偽は不明)に悩まされたとき、ゲリラに勝利するには数倍の兵力を必要とすると同国の専門家が語ったことを微かに覚えている。それでも英国がゲリラを根絶したのは、「戦略村」と呼ばれた場所に住民を収容しゲリラの糧道を絶ったためと聞く。

 今度のアフガン戦争のため米国は多くの兵士を失ったが、NATO加盟国も同様である。日本と同じく前大戦の敗戦国だったドイツやイタリアも同盟の実を示すため少なくない戦死者を出した。今のところタリバーンは民主主義や人権、とりわけ女性の権利に対し以前の政策を踏襲しないと語っているようだが、それが本心かどうか。国連を中心に国際的な働きかけが望まれるが、それが有効か否かは確かではない。

2021年8月13日金曜日

オリンピックの開会式演説

 私はオリンピックの開会式を幾つもは見ていないので評価はしたくないが、今回の東京の場合も評価はさまざまなのだろう。しかし、バッハIOC会長と橋本組織委員会長の開会演説が長すぎて退屈だったとの声は強いようだ(私もろくに聞いていなかった)。 偉い人はどうして長い演説をしたがるのか。 米国の南北戦争の激戦地ゲティスバーグの墓地献納式でのリンカーン大統領の演説は、末尾の「人民の、人民による、人民のための政治」により広く知られているが、英語による演説の中でも不朽の名演説とされているようだ。リンカーンは演説の準備には労を惜しまない人だったという(以下、史実は主に井出義光『リンカーン 南北分裂の時代に生きて』清水新書 1984に依拠)。

 当日、リンカーンに先立って演説したエヴェレットはハーヴァード大学の学長を手始めに国務長官など要職を歴任し、その雄弁で知られてもいた。しかし、彼の演説は2時間近い長広舌で、会衆はすっかり退屈した。それに対してリンカーンの演説は3分足らずで終わり、写真師には大統領を撮影する時間もなかった(当時の写真撮影は現代とは違い、時間を要した)。

 のちに不朽の名演説とされるゲティスバーグ演説だが、当初の反響は芳しくなかったとのこと。しかし、エヴェレットは翌日、「自分が2時間かかって述べたことも、あなたが2分で語ったことに及ばない」と手紙に書いた。流石に彼はこの演説の不朽の価値を認めた最初の米国人となった。

 バッハ氏にしろ橋本氏にしろリンカーンと比較されるなど迷惑千万かもしれない。しかし、これまで演説の機会が多かった筈の両氏は、長広舌は聴衆を退屈させ感動を減殺することを学んでいなかったのだろうか。

2021年8月9日月曜日

祭の終わり

  半月続いた東京オリンピックが終わった。未だパラリンピックが後に控えているので関係者の努力は終わらないが、それでも一段落も二段落も通り抜けたとの思いはあろう。1万1千人の選手の競技生活を支えて来たのだから。

 一テレビ視聴者の私は全競技の何百分の一も見ていないが、やはり日本選手が出場する種目が関心の的だった。いずれ劣らぬ熱戦に上下優劣をつけるつもりはないが、私がもっとも応援したゲームは卓球混合ダブルスと女子バスケットボールだった。

 私のような高齢者は「卓球日本」が世界でトップを争い中国に外交利用された時期(卓球外交)を経て、その中国が世界の卓球界に君臨した時代は不本意だった。その「不敗中国」をやぶって金メダルを掴んだ水谷隼・伊藤美誠のチームの活躍は素晴らしいの一語だった。伊藤選手の神童ぶり?は勿論だが、長年男子卓球界をリードした水谷選手が近年は張本選手の台頭で存在感が低下していたのを一挙に覆す活躍は素晴らしかった。これ以上の引退興行は考えられない。

 女子と言わずバスケットボールは私の関心外だったので白状すると米国チームとの決勝戦さえ全部は見ていない。しかし、バスケット王国の米国チームと互角に戦って銀メダルを得たのは奇跡に近いのでは。選手は勿論だが、米国人のホーバス監督は日紡貝塚の女子バレーチームを率いて東京オリンピックで金メダルを取った大松博文監督を彷彿させる硬軟両面を備えた指導者のようだ。坊主頭で大松監督ほど見てくれは良くないが。

 オリンピック東京大会の評価は開催反対から関係者への熱い感謝までさまざまだろう。我が国が独裁国家でない以上当然である。私は開催実現への感謝を口にした競技者たち、とりわけ外国人選手(難民選手を含む)の感謝は全関係者にとり一生の思い出になると信ずる。

2021年8月6日金曜日

無公害車の本命は?

  地球温暖化対策が焦眉の急であり、自動車の排ガス対策が火力発電所のそれと並び対策の核であることは明らかである。今朝の新聞によればEU諸国に続いて米国政府も、近い将来ガソリン車やディーゼル車の製造を禁止して電気自動車に転換する(2030年までに50%)方針を決めた。ハイブリッド車 (HV)も製造禁止となるが、米国もEUもプラグインハイブリッド車 (PHV)は禁止されない。ハイブリッド車に強い日本車を警戒しての禁止と見るのは私の邪推か?

 私自身は低公害と低燃費をうたうトヨタのプリウスの2代目を2003年の発売後間もなく購入し数年間使用したが、従来の同クラスのガソリン車よりリッター当たり1.5倍は走る好燃費 (と言うことは公害が3分の2 ) に感心した。プリウスPHV ( 最初の数十キロは蓄電池の電気で走る)はさらに低公害車の筈。長距離を走らない人ならほぼ無給油だろう。

 しかし、電気自動車の優位にも疑問がある。それはリチウムイオン電池の寿命である。3年から5年程度で交換を迫られる鉛電池とは比較にならないだろうが、たとえ十年後でも交換を強いられるなら省資源とは言えない。それより何よりガソリン補給と異なり充電に要する時間は何十倍だろう。充電施設の新設の費用も半端でないだろう。

 たまたまテレビで、用意された充電済みの電池にそっくり交換する中国の例を紹介していた。思いもかけない方法に驚いたが、同一の規格の大きな電池を底部で交換しなければならず、中国でもタクシーに使用され始めただけのようだ。自動洗車機に似た専用の交換機械 を使用するので時間的にはガソリン車の注油に近くなるが、自車の新しい電池を古いものに交換される可能性は小さくないだろうし、当初から車体の設計を大きく制約される可能性は大だろう。欧米諸国がPHVを排除出来なかったのもそのためではないか?未だ前途は見通せないようだ。