2019年12月1日日曜日

中曽根元首相の死去

中曽根康弘元首相が亡くなった。なぜか一つの時代の終焉を感ずるのは同時代人として数十年を生きたからなのか。それとも良くも悪くもしっかりと目標を持って生きた個性的な人物だった故か。「戦後政治の総決算」や憲法改正という主張自体は安倍首相の路線とそれほど違う訳ではあるまい。それでも両氏の違いを大きく感ずるのは人物の格の違いというものだろうか。

中曽根氏の業績となると三公社の民営化とりわけ国鉄の分割民営化を挙げる人が多いようだ。これとても当事者の中にはそのため不当な扱いを蒙ったと考える人は少なくないだろう。しかし、数年ごとに運賃値上げを繰り返していた当時の国鉄が、その後特急料金などを除き運賃を安定させた事はやはり必要な改革だったことを示しているのではないか? 首相がロン・ヤス関係という中曽根レーガンの間柄を真似てシンゾウを売り込んでも矢張り作為的と感じるのは私だけではあるまい ( レーガンとトランプの人柄の違いは無論あるが ) 。

訪韓した中曽根首相は演説の三分の一を韓国語で語ったという ( レーガンとは英語で話していた ) 。多忙な中でそれだけの勉強をした努力は韓国人も感じ取っただろう。私は元首相がフランス語の鼻母音をきちんと発音したのに感心したことがある。旧制高校の語学教育の成果もあるだろうが、他の政治家とは勤勉さが違っていたようだ。

元首相は宮沢喜一氏と竹下登氏の二人の後継候補のうち後者を後継者に選んだ。私は宮沢氏の方が首相にふさわしいと考えていたので不満だった。しかし、その全盛期でも消費税導入を果たせなかった中曽根氏が、一見凡人ふうだが敵を作らない竹下氏を後継者に選んだのは正解だったのだろう。その竹下内閣でも消費税導入の故に短命に終わった。

0 件のコメント:

コメントを投稿