収穫ゼロは仕方のないことだが、栄養が余るせいか盛夏も過ぎる今頃に20センチぐらいの新しい枝が次々に伸びてくる。現在以上に大きな木になると厄介になるので除去に努めているが、きりが無いという感じである。
蜜柑の木だけではない。住んで半世紀ともなると庭木の大きさも半端でなくなる。ヒマラヤ杉や樅など既に二、三本は切り倒したが、今でも柿やムクゲ、ハナミズキなどどれも植えた時は直径1センチくらいの苗だったのが切り倒すのも困難な高さになり、植木屋への支払いも増額を考えなければならなくなった ( 親の代からの家に住む友人からはそんな少額と笑われたが!)。除去したくとも植木屋にも迷惑視されそうである。
数年前に亡くなられた著名な農学史学者兼科学評論家の筑波常治氏は衣服はもちろん使用するインクや朱肉まで緑色で統一するという、ある意味で現在の自然保護運動の先駆者のような人だが、たまたま私が読んだ著書の中では普通の人は植物の旺盛な生命力を知らないと書いておられた。アマゾン川流域の原生林がプランテーション農法で急速に失われつつある現在、自然保護運動の重要性、緊急性は論をまたないが、極小単位の個人の側からすると樹木の旺盛な生命力を強調したくもなる。
1954年に製作されたイタリア映画に『緑の魔境』というのがあった。題名を覚えているだけで私は多分見ていないが、未開のアマゾン奥地の動植物や原住民の紹介の映画だった ( ピラニアの凶暴さはこの映画で世に知られたという )。その頃とは何もかも様変わりしたアマゾン地方である。しかし私には題名が妙にリアルに感じられるようになった!
0 件のコメント:
コメントを投稿