2015年11月8日日曜日

ロシア機の遭難に思う

シナイ半島でのロシア民間航空機の事故原因はイスラム国ISによる爆薬持ち込みの可能性が高まりつつあるようだ。まずフランスが機体の欠陥ではないと声を挙げたのはエアバス機の製造国として責任の無いことを指摘したかったのだろう。つぎに米英がISによるテロ説を主張したのに対しロシアとエジプトが原因断定には早いとしたのは、それぞれシリア介入がテロを生んだとされて政権への支持が失われることを恐れたり ( ロシア )、空港での所持品検査が不十分だったとの批判を逃れるため ( エジプト ) だろう。そこに驚きはない。

私にとって驚きだったのはエジプト一国に8万人のロシア人が滞在していた事実である。ロシアにもソチやヤルタなど冬も温暖なリゾート地はあるのに。やはり水着で甲羅干しが出来るリゾート地が求められるのだろう。わが国にも温暖な沖縄で満足せず、ハワイやグアムなどへ出かける人が少なくない。しかし、その全部を合計してもロシア人の半分 ( ロシアの人口は日本の2倍?)の4万人に達するだろうか?

この事実が意味するところは、政治的自由など問題を残しつつもロシア社会が我々と同じ大衆消費社会であるということではないか。そうした段階に達すれば国民は対外的冒険よりも自分たちの生活向上を求めるようになるだろう ( 大きな方向としては )。

中国も国民の一部に外国で買物に専念する人たちを生んでいるが、それを一般化できるほどではないようだ。我々は中国国民の大多数が大衆消費社会入りするまでは攻勢的ナショナリズムを予想せざるを得ないのだろうか。それとも中国の中華思想はそうなっても変わらないのだろうか。

半世紀近く前になるが、隣国として貧しい中国を持つよりも豊かな中国を持つ方が日本にとり安全で良いことであるとの意見を読み、そういうものかと思った記憶がある。私は中国の主張を全て否定するものではないが、現在の中国を見るとあの意見は何だったのかと思いたくなる。

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