2014年9月8日月曜日

テニス界の王者は誰か?

夕方のテレビニュースを見たら、ほぼ全ての民間キイ局の最初のトピックが錦織圭選手のテニス全米オープンでの準決勝戦の活躍だった(無理もない)。その中で、解説役の神和住純元選手の三十何年ぶりの映像に接した。嘗ての甘い容貌は流石に過去のものとなっていたが、懐かしかった。

1970~80年代、日本男子選手の活躍の場は殆どデビスカップ戦だったと記憶する。同カップは( 三つの?)地域別に予選があったようで、当時の日本人の実力は本選出場を目指す段階が主だったかも? それ以前にも熊谷一弥、清水善造の両氏の活躍があったことは今回でも紹介されたが、彼等が有名大学出身の商社マンだったことが示すように、第一次大戦直後と現在のレベルはあまりに違う。それだけに、錦織選手の決勝進出は快挙の一語に尽きる。

それにつけても、沢松菜生子、伊達公子らが活躍した女子テニスも忘れて欲しくない。特に1996年のウィンブルドン準決勝での伊達選手のグラフとの闘いは、1対1で日没順延となり翌日、残りゲームでグラフが勝利。決勝でもサンチェスに楽勝し、テニス女王の座を守った。しかし、中止前、伊達は後半盛り返し、優勢だった。そのまま続行されていたら彼女が勝利したことはほぼ間違いなく、そうであれば彼女が日本人初の四大大会勝者となっていた可能性は大きい。私は大会の審判か運営委員長かは知らないが、グラフへの贔屓、人種差別意識のどちらかがあったと本気で疑っている。それほど伊達選手のテニスは素晴らしかった( 笑顔も!)。現在の40歳台での活躍はそれを証明している。

全米オープンの優勝賞金は3億円、準優勝でも1億5千万円とか。決勝で勝っても負けても悪くないなどと考える私は品性が低いのか!?

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