2015年1月7日水曜日

訂正のてんこ盛り?

考えていたのに間違うのはどういうことか。4日のブログで我が国の防衛費が国家予算の1%としたのはGDPの1%の誤りでした。また、山田( 洋次 )を山本、藤澤 (周平 )を藤原とした(10月17日)のも誤り。その他にもあるのだが確認が面倒。これは誤りではないが、長江の水が虎跳峡で濁流だったと書いたが、Wikipediaの写真は濁流ではなかった。私の写した写真はどれも泥水なのだが、季節によるのだろうか?
この文章が突然太字になった理由がわからないし、訂正できない。今後すべてこうなるのか!

米国の「人権原理主義」

イランのロハニ大統領が米国との三十余年ぶりの国交回復をめざして国民投票を提案しているという。保守強硬派が支配的な国会を牽制するためであり、大統領はそれなりの危険を自覚しているだろうのにオバマ大統領の反応は今ひとつ鈍いようだ。この際、イランの穏健派を援けることは必要ではなかろうか。ロハニ氏が大統領になってから一年以上経つのに対米関係で成果を出せないのでは、強硬派政権が復活する危険は大きい。

イランにせよ、キューバにせよ、ロシアにせよ、米国の基準からすれば言論の不自由な強権的体制の国家だろう( 何しろ米国には他国の現役指導者の暗殺をテーマとする映画を作る自由まである!)。だが、それぞれの国の国情や発展段階を無視して自国の基準を押し付けることは賢明だろうか。それは私にはときに「人権原理主義」と映る。或る種の「宗教原理主義」と比較すれば遙かに「まとも」だが、それでも他国の人権状況への過度の干渉に至れば行き過ぎとなろう。

ふつう国家はいわば自然発生的に成立するが、米国と旧ソ連は民主主義や共産主義というイデオロギーを標榜して成立した特殊な国家である。そのため、内政干渉や革命の輸出はしないと口で唱えても、他国より自国が進歩していると信じている以上、干渉に陥りがちだった。ソ連は崩壊したが、そのため米国は以前にも増して自国のイデオロギーの正当性を信じるようになった。混乱しがちな世界では「強い米国」の必要を私は否定しないし、まして人権の重要性を否定しない。しかし、国情や発展段階を無視した口出しはときに有害である。良き意志が良き結果を生むと限らないのが政治の現実ではなかろうか。

以前テレビで中国人滞在者の座談会を見たが、日本の自由な言論の価値を十分理解しているはずの彼らの半数以上が自国の急激な改革を望まないと語った。混乱を恐れるその心情を私は否定したくない。

2015年1月4日日曜日

世界平和( 度 )指数

今日の新聞に日本留学中のソマリア人学生の記事に世界平和 (度 )指数の説明があった。以前、一度は耳にしたことがある言葉だが、英国の『エコノミスト』が中心の調査で、10万人当りの殺人犯や囚人の数、銃の入手のし易さ、政治の不安定度、GDPに占める軍事費の割合、核や重兵器の能力、隣国との関係性など22項目の結果だと言う( 162国中ソマリアは158位、日本は8位 )。

項目の選定には当然批判もあるということだが( Wikipedia )、上位20カ国中、非白人国は日本と16位のブータンだけ。中国は108位、韓国は52位、米国は101位だった。20位以内に人口一億人以上の国は日本だけなので、中国が低いのは大国なのが一因だろうし、韓国は北朝鮮と境を接し、過大な軍事費が原因だろう。日本は2010年の3位から徐々に順位を下げているとはいえ、人口大国としては立派と言える。銃器の入手困難、軍事費が国家予算の1%以下なども大きいだろう。

予想通りとはいえ、1位アイスランド、2位デンマーク、3位オーストリアを始め北ヨーロッパの小国がずらりと上位を占めている。教育水準を含めた民度の高さや、貧富の差が比較的小さいことなどが矢張り物を言ったのだろう。

本来の記事のテーマはソマリアを出国せざるを得なかった留学生の苦しみなのだが、その見出しは「平和こそが すべてなんだ」とある。しかし、国内平和という表現こそあれ、通常平和は国際間の状態を言う。ところがソマリアは他国と戦争している訳でもなければ、他国にそそのかされて内乱状態なのでもない。それならば見出しは「治安こそがすべてなんだ」でなければ正しくない。真実を曖昧にする不思議な見出しという他ない。

2014年12月31日水曜日

国土の均衡ある発展は?

エアアジア航空機の墜落が確認されたようだ。格安航空会社の便だから危険ということではなく、想定外の天候不良だったのだろうが、飛行中の航空機事故は惨事とならざるを得ない。それでも他の交通機関と比べて航空便の便利さは長距離では圧倒的である。札幌から羽田への移動時間と羽田から多摩市の自宅への移動時間はほとんど同じだった!

私が初めて北海道を訪ねたとき未だ津軽海峡トンネルは無かったが、今や新幹線で北海道( 函館までだが )に行ける時代となった。洞爺丸沈没も名作映画『飢餓海峡』も遠い記憶となった (主演の三國連太郎も左幸子も )。私は札幌への新幹線開通を心待ちにしている。降雪による欠航も考えれば空路以外にも複数の交通手段があっても良い( 異常気象の増加もある )。

とはいえ、リニア新幹線が必要かとなると、いくら.JR東海が自己資金で建設するといっても首を傾げたくなる。恐らく東海地震も裏の建設理由なのだろうが、テレビ電話も更に改良されるだろう。人口減少時代に表日本、それも東京・阪神間だけに投資を集中することが妥当だろうか。田中角栄元首相の「日本列島改造論」に問題はあったかもしれないが、「国土の均衡ある発展」は間違いではなかったろう。日本海側の大雪情報を聞くたびに、太平洋側とのあまりの違いが気になる。もう声を上げても遅いかもしれないが..........。

2014年12月29日月曜日

中国の広大さ

NHKのBSプレミアムで二日にわたり「星の生まれる海へ」前後編を見た。黄河の最源流の地である(青海省の)「星宿海」と呼ばれる広大な湖沼地帯(海抜4000米台)まで黄河をさかのぼる番組で、今さらながら中国の広大さに圧倒される思いだった。

星宿海というロマンチックな名称は何十何百とある沼を星に見立てたのかと思ったら、文字どうりそれぞれの沼が夜に空の星々を映すことから名づけられたようだ。住民はほとんどチベット仏教の信者で、これはチベットや青海省だけでなく、中国の西部一帯( 四川、雲南など中国本部の諸省の西部も )も同じである。中国がチベットの独立を断固拒否するのはそのためだろう。

中国の二大大河 (黄河と長江 )の源流は青蔵高原の極めて近いところに発する。二十年ほど前、私は雲南省の大理 (大理石の産地 )から更に奥地の長江上流部 (重慶のさらに上流 )の、長江をまたぐ最初の橋(という)の先の虎跳峡(幅四、五十メートルあり、虎も跳べまい)を訪ねた。もはや源流部とは言えないが、既に長江は濁流だった。途方もない国だと思った。

雲南省の省都昆明は日中戦争時、(将来の)連合国が蒋介石の中国に援助物資を送ったビルマルートの中国側の拠点だった。当時使用された飛行場の跡があるとか。ロシアに奥深く攻め入って敗北したナポレオンの轍を踏むと予想した日本の指導者は居なかったのだろうか。居ても少数だったということか。

2014年12月27日土曜日

完全な入試方法などない

中教審が大学入試の改善のためプレゼンテーション能力や面接を加えた選抜方法を提案している。机上の空論にしか思えない。法政大学の受験者は十万人( ? )に達すると新聞で読んだ。この記憶が正しくないとしても受験者一万人以上の大学はザラにあるだろう。そこで丁寧な人物考査がなされるはずがない。

問題は実際的困難( これも巨大だが )だけではない。そもそも面接評価からは主観性を排除できない。面接担当者がどれほど努力しても、仮に相当の時間をかけたとしても主観的評価を排除できない。

私は公平性は入試の絶対条件だと考える。私はかつて受験有名校で教えたことがある。厳しい受験競争の渦中の生徒たちに同情したが、「今後の人生で大学入試ほど公正な扱いを受けることは二度とないと思え」と彼らを励ました。もし公平性が確保されないと思えば彼らはこれまでほど努力をしなくなるだろう。

むろん人間の能力は多面的であり、現在の入試はそれを充分評価できないだろう。しかし欠点を是正するために公平性に疑問が生ずることは避けるべきである。

もし仮に完全無欠の入試方法があるとすれば( 私はそう思わないが )、有名一流大学以外の大学生は能力が絶対的に劣ることになる。何と彼らは浮かばれないことか! だが実際には彼らから無数の優れた人材が生まれている(ノーベル賞が全てではないが、下村脩氏、中村修二氏、それに山中伸弥氏も!)。人間の能力の多面性を考えれば当然のことである。完全を求めて角を矯めて牛を殺すことがあってはならない。

2014年12月18日木曜日

米国とキューバの和解

オバマ政権がキューバとの国交正常化を目指すという。順調にいけば両国にとって有益である。共和党が和解の邪魔をしないよう願う。

1959年のキューバ革命以前、米国の企業は親米的バティスタ政権を支持していたとされるが、同国
のジャーナリストにはカストロの反乱軍を支援する気運があった。軍人出身のバティスタが独裁者だからという米国人好みの反対理由もあったが、私は原住民と中国人の血をひくバティスタへの米国人のレイシズムの疑いを持っていた( 何しろ白皙長身のカストロとでは違いすぎた! )。しかし、米国人ジャーナリストが勝手に作り上げた独裁者と闘う民主主義者カストロの像は一年ともたず、米系資産の接収を機に米国のマスコミには反米主義者となった。当時は米国の頑なな政策がカストロを共産主義に追いやったとの見方が強かったが、カストロの米国資本主義への敵意はそんな根の浅いものではなかったろう。

1962年のキューバ・ミサイル危機はソ連のミサイルの撤去で終わったが、キューバへのミサイルの持ち込みはソ連が要求したともキューバが望んだとも言われた。真相はともかく、カストロが撤去に反対したことは事実のようだ。毛沢東と同様にカストロが、ソ連共産主義が勝利するなら原水爆戦争も辞さない「革命家」だった可能性は小さくない(その点で革命家ではなかったフルシチョフと違うだろう )。もっとも、それ以前にケネディ大統領はCIAによるカストロ暗殺を許可していたと言われるので、米国の手が汚れていなかった訳でもない。

過去はどうあれ、ソ連共産主義が崩壊した現在、米国が軍事的にはもちろんイデオロギーの上でもキューバを恐れる理由は乏しいし、キューバにも米国を敵視する理由は無くなった。キューバとの和解が、何でも反対の共和党右派に手を焼くオバマ氏の功績の一つとなるよう願う。