2025年12月31日水曜日

 一年の終わりに

   概して平凡な人生を過ごしてきた私にとってはこの一年は多事多端(多難?)な一年だっ

 先ず2月ごろ、つんのめって片腕を痛めた。骨折とまでいったのかどうか、医師の発言はときに揺れたが、半年足らずに迫った運転免許の更新は諦めた。申請期日の延期などの方法があったかは知らないが、九十歳を越えての運転断念は仕方がないとの思いが勝った。

 翌月には突然の背骨の二箇所の圧迫骨折のため救急車で即日専門病院に入院。  手術の順番待ちのためか待たされた一週間近くはベッドで天井を見ているだけの地獄だった。幸い手術は寝ている間に終わったが、それ以前からの椎間板ヘルニアは悪化して区部は遠くなった。しかし、年の後半、同じ住宅地のコーヒーを飲む高齢者の会に参加するようになり、近い年齢の方々との交流を楽しませてもらっている。

 世界はウクライナ問題もガザ問題も解決に至らず、もどかしいかぎりだが、我が家は今のところいつまで続くか分からない小康状態を保っている。

 

2025年12月26日金曜日

 気候変動と食生活

 今朝の民放テレビで最近の魚価の変動を話題にした番組があった。私は獣肉に劣らず魚介類も好きなので、途中からだが終わるまで見た。

 最近の新聞やテレビで地球の気候変動の結果としての海流の変化などによる漁獲高の低下が報ぜられることがある。最近では北海道の鮭の不漁が記憶に新しい。ところが今朝のテレビ朝日の『ワイド・スクランブル』によると確かにサケは去年に比べて6割減だし、カキやホタテも不漁らしいが、サンマやスルメイカやシラスウナギ(ウナギの幼魚)はむしろ例年より豊漁とのこと(とは言ってもシラスウナギの場合もともと輸入が主らしいが)。いずれにせよ最近は暗い話ばかり聞かされていたので魚好きには一先ずは朗報だった。

 海に囲まれその恵みを他国以上に享受している日本は逆に海水温や海流の変動の影響を受けやすい。最近はその上に廃プラスチックのゴミの影響も現れつつあるという。遠くない将来、地球汚染を阻止する類のノーベル賞のような物が必要になるかもしれない。

2025年12月22日月曜日

 途上国における政権交代の難しさ

  今朝の朝日新聞に最近発生したマダガスカルでの軍事クーデターによる政権交代の詳報が載っている。それによれば排除された大統領自身が2009年にクーデターで前政権を倒した前歴を持つとのこと(ただし彼は軍人出身ではない)。 つまり誇張していえば同国ではいまやクーデターは政権交代の王道となっているのである。そうした政権交代劇はアフリカやアジアなどの途上国の一部の(といってもかなりの数の) 国の政権交代の一形式ともなっている。

 じつは西半球では大国とも言えるアルゼンチンは半世紀前には軍事クーデターの常連国だった。私が英国留学時にアルゼンチンの友人をそのことでからかったら、彼は「いや、あれはクーデターではなく、military paradeだ」と反論した。たしかに流血に至ることはほとんどなく、いわば資産階級の間の二派の争いでしかなかった(しかし、その後大衆の政治参加が進むにつれ同国でも流血裡の政権交代が無縁ではなくなった)。

 ことほど左様に途上国で選挙による政権交代が根付くのは難しい。我われは日本国がともあれ選挙による政権成立を八十年間続けたことを評価したい。  

2025年12月19日金曜日

安倍首相銃撃犯への刑の軽重。

  安倍首相銃撃殺人犯の山上徹也被告の裁判も大詰めを迎え、検察側の無期懲役求刑と弁護側の懲役二十年以下要請が示された。私は検察側の無期懲役求刑は厳しすぎると感ずる。

 戦前日本の相次ぐ政財界の要人暗殺の過去は無論だが、戦後も日比谷公会堂(たしか)での浅沼社会党書記長の公衆面前での刺殺など、要人殺害により政治の方向に影響を及ぼそうとの犯罪は厳罰(死刑を含む)も当然だろう。しかし今回のケースは宗教団体の行為に関する私怨に基づく。同じ要人暗殺でも性格は全く異なる。

 宗教団体が信者の寄付を受けるのは当然の行為だろう。しかし、何物にも限度はあろう。私には「旧統一協会」を宗教団体と呼べるのか分からない。

2025年12月17日水曜日

 二代にわたる歯科治療

  昨日、歯科医院に久し振りに出頭した(この世で一番世話になりたくないところ!)。 前夜に前歯が突然欠けたため仕方がなかった。その医院は我が家から近いところにあり、五十年ほど前に親知らずを抜いてもらったところ。頑固な親知らずでなかなか分離してくれず苦労した。

 その後は別の歯科医と偶然知り合いになり、四十年以上そこにお世話になった。必ずしも近くはなかったが、、駐車スペースも充分だったのでむしろ楽だった。しかし、4、5年前、数年ぶりに虫歯の治療に訪れたら旧知の医師ではなく、若い担当医が治療した。旧知の医師が亡くなられていたのである。医師が若いからどうこう言うのではないが、毎回のように担当医が別人なのは気になった。想像だが、大学の医局から派遣された人たちではないか?

 それやこれやで人生の最後の歯科治療は半世紀前に診ていただいた医師のご子息の世話になることとなった。どうせ片手の指で数えられる年数だろうが.............。 

2025年12月9日火曜日

 思い出すテレビ作品

  二、三日前、テレビで久しぶりに上川隆也の姿をかいま見た。山崎豊子原作のテレビ『大地の子』で、日本の敗戦で中国に取り残された嘗ての「残留孤児」が中国の製鉄所建設に尽くす物語の主人公を演じた。彼の代表作の一つと呼んでいいのでは。日中友好時代の反映といえば身も蓋もないが、私は毎週我が事のように身を入れて見た。

同様に、 橋田壽賀子作の『おしん』も欠かさず見た。のちにアジアの国では日本人の勤勉さとそれ故の成功の物語として放映され関心を呼んだとも聞く。他方、山本周五郎原作の『樅の木は残った』も武士の道を愚直に歩んだ家老の物語として毎週の日曜夜が待たれた。

 高齢者となった今では私も毎週欠かさず何十回も強い共感を持って見る自信はない。それでも映画とともにテレビで良い作品を見せてもらったことへの感謝は忘れたくない。

 

2025年12月7日日曜日

 婚姻における先進性と後進性

 我が国では結婚する女性は姓を夫の姓に合わせなければならないかが大きな問題となっている。高市内閣は姓変更により女性が蒙る不利益や不便さを実際的措置により抑えて夫婦同姓の制度を続けようとしているが、中途半端との批判を浴びている。

 我が国と異なり中国や韓国(北朝鮮も?)では夫婦別姓が基本であり、私もそのことに何の疑問も抱かなかった。ところが、四十年ほど前、在日韓国人(朝鮮人?)の女性の大学院生との会話で彼女がこの制度(慣習?)に強い批判を述べるのを聞き、蒙を啓かされた。

 日中韓三国は同じ儒教圏に属していたが、その信仰の強度の違いにより別の制度となったのだろう。元院生の家庭が一家同姓だったかは聞き洩らしたが、「在日」の家庭にとっては中途半端にできない大きな問題だったのだろう。十年ほど前に年賀状交換を廃止して以来彼女とは会ったことも文通もないが、日本の論争をどう見ているだろうか?

 

2025年12月2日火曜日

 切るべきか切らざるべきか、それが問題だ

  半世紀近く前に庭に植えた夏みかんの木が樹高3米ほどになり、今年はおそらく百個を超える実が成っている。しかし、緑一色の筈の葉叢の先端が黄色に変色している枝が目立つように成ってきた。

 今年の多摩地方は本当に雨が少なく、このままでは2年前?の温州みかんの枯死の再現になると心配しているのだが、色こそ黄色になったが現在の未だ酸っぱい段階でご近所に進呈してもむしろ迷惑になるだけ。しかし、枯死の危険を避けるためとはいえ自分から黄色になった実を落とす気にもなれない。

 せめてもと思って風呂水の残りをこれまで数回バケツに汲んでかけたが、黄色の葉は少しずつ増えている。他人からみたら優柔不断としか思えないだろうが。