2025年8月27日水曜日

新潟県と私

  我が国の47都道府県は通過しただけの佐賀県(申し訳ない!)を除けばすべて訪ねているが、どうしても東日本の県が多かった。新潟県は東西間微妙な位置だがこれまでに数回は訪れている。

 最も早い新潟県訪問は大学の登山仲間とのスキーのため。「国境のトンネル」を越した確か最初の駅の越後中里。 もう当時でもスキーリフトはあり、学科で唯一の女子学生も参加して楽しかった( 写真は今や貴重!)。 順序は確かでないが、川端康成の『雪国』の舞台の越後湯沢に登場する宿屋(名前は忘れた) はコンクリート造りに変わっていたが、川端が泊まった部屋は再現?されていた。 

 史学科の研修旅行で学生たちと訪れた佐渡は無論旧銀山跡も興味深かったが、金北山から見下ろした国中平野はまさにその名の通りで美しかった。帰路の下船地の高田では謙信の居城の春日山城にも立ち寄った。

 複数回(2回?)訪れたのは十日町の松之山温泉の凌雲閣。 古ぼけてはいたが、木造三階建ての大きな宿で、富士山の写真の元祖?の岡田紅陽がよく泊まったという部屋に泊まったが、他の部屋と異なるところはなかったようだ。この宿の目の前の「美人林」と言う名のブナ林は一度伐採したあとに育ったためそれほど高くない樹高が一様で、新緑の美しさは格別だった。

 しかし、新潟県で泊まった回数が一番多かった(と言っても3回かそこら)宿は湯沢から山一つ越えた清津峡の清津館。一時は日本の渓谷美の一位に選ばれたと記憶する清津峡も美しかったが、この宿でしか見かけなかった黒白の版画の絵葉書ワンセットは私には再訪の価値を感じさせた。なお、凌雲閣も清津館も「日本の秘湯」の会員。

 訂正 『文藝春秋』の池島編集長のパーソナルネームを間違って新平や親平と記したが、進平が正しい。池島さん 許して!

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