2025年9月22日月曜日

 地球温暖化への対策はあるか?

  長すぎる夏に閉口していたが、昨日今日の朝の気温の低さに思わずジャンパーを羽織り、靴下を履いた。何を大袈裟なと言われそうだが、そう言う人には九十歳になってみろと言いたい!

 近現代のエネルギー消費の急上昇がもたらした気候の変動は最近の漁獲高の質と量の変化にまで及んでいるそうだ。そうした地球温暖化への対策はいろいろのあるだろうが、かつて本命視された原子力発電が事故発生時の被害の巨きさの故に新たな増設は困難になったし、期待された洋上発電は今や経済的にペイしないと企業が敬遠し始める有様。農業への影響は作物の転換や品種改良である程度凌げるようだが、

 人類の経済活動は、無限と思われた地球の大気や海水の変化をもたらすに至った。地球は過去に氷河期と間氷期を繰り返したとされるが、数百年の周期では対策になり得ない。結局は科学の発展による対策発見しかないのか? 戦争などしている場合ではないのだが...........。

2025年9月15日月曜日

 「権力は腐敗する.............」

  ネパールで若者中心の暴動があり、政府機関の建物だけでなく政府要人の居宅も焼き討ちにあったという。直接のきっかけは政府によるSNSの規制強化とのことだが、やはり政府への積もる不満も無視できないだろう。

 19世紀の英国の政治家のアクトン卿のよく知られた名言に、「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」がある。ネパールの場合、2008年の「民主化」で王政を廃止し、二つの共産党と会議派で政権を担って来たが、アクトン卿の名言通りとなってしまった。

 ソ連共産党にせよ中国共産党にせよネパール共産党にせよ、本来は高い理想を目指したのに、独裁の行く末はどちらも同じ。 強権により維持される政治体制となってしまった。二百年近く前の貴族政治家の人間観察力に及ばなかったと言うほかない。

2025年9月12日金曜日

 米国の銃規制

  米国の著名な右派活動家のチャーリー・カーク氏が銃撃死を遂げた。同氏は厳しい銃規制に反対していたとのことなので皮肉ではある。

 米国の銃規制の緩さはよく知られている。独立戦争に際し分単位で武装して集合するということから「ミニットマン」と呼ばれた民兵が英国軍と闘ったという建国神話(事実でもある)の根強さもあり、米国では過去にリンカーンをはじめ四人の大統領が暗殺されても厳しい銃規制は受け入れられない。

 もっとも、我が国も戦前は原敬や浜口雄幸ら政治家の暗殺は少なくなく、著者名は忘れたが、『暗殺による政治(government by assasination)』という米国人?の著作があった。しかし、米国の銃規制の不備の犠牲者は政治家だけではない。最近のニュース報道で知ったのだが、正確な数値は忘れたが米国の学校での銃乱射の件数と犠牲者数の多さは私の想像を遥かに越えていた。それでも銃規制を強化しないのはやはり建国神話のゆえなのか? 我が国では考えられない。

2025年9月10日水曜日

 「国境なき医師団(MSF)」に敬意

郵送で「国境なき医師団」への寄付金の依頼状が送られて来た。どこで私の住所氏名を知ったかは謎である。私の名前が載っているのは歴史学関係の学会名簿か、旧勤務先の大学のそれぐらいしか思いつかない。それとも知人の誰かか?

 この2年ほどの間に駅前の小広場で2回ほど同会への寄付依頼の小集会があり、一度は声をかけられた。しかし、聞いてみたら単発の寄付ではなく、会員加入の依頼で、老人には死後の退会の手続きをする煩わしさを考え断った。期待に応えられず申し訳ないとの気持ちはあった。

 ところが今回は一回限りの寄付で済む。3種ほどの送金方法があったが、 同封の送金用紙による旧来の方法が老人には安心感があり、送金の手数料はやむを得ないと考えたが、無料だった。

 私などたとえ今よりずっと若くとも、紛争の現地で働く意欲も勇気もない。国内の災害救援を含めて本当に頭が下がる。

2025年9月9日火曜日

 ジャンプ競技の名選手 原田雅彦

 もう40年ほど前になろうか。ある旅行社のヨーロッパ・ツアー募集にオーストリア一国のコースがあり、参加した。同国は首都ウイーンを訪れたことはあったが、 何しろ歴史の古い国であり、面白そうだと応募した。

 オーストリアの空港は満杯だったのかミュンヘン空港からスタートして独墺国境を越えたのだが、その前に国境近くのドイツのスキー場を訪ねた。トニー・ザイラーがスキーで大活躍していた時代も遠くなく、私もそのスキー場の名前は覚えていた(今はダメ)。 寄り道になるのにこのスキー場に立ち寄ったのは、そこまでの地方鉄道の車両がが何とも古風で立ち寄る価値があるとツアーに加えられたのかもしれない。

 現地で訪れたスキー競技のジャンプ台の傍にバッケンレコード( そのジャンプ台での新記録)を記した石碑があり、その中に原田雅彦選手の名前があり、ビックリした。のちに大事なところで失敗ジャンプを繰り返したのに日本国民に何故か愛された原田選手は外国のジャンプ台に名を留める名選手だった。当時を知らない人が増えた現在、彼がナガノ・オリンピックのジャンプ競技の最終走者として見事なジャンプを披露して日本に金メダルをもたらしたことを付記したい。

2025年9月5日金曜日

 真珠湾攻撃 訂正と後日談

  前回のブログで坂巻少尉とした人物は酒巻少尉の誤り(それでも80年近く前の人名をサカマキと思い出せたのは悪くない?)。 また、特殊潜航艇は1隻2名乗務ゆえ、5隻で10名が参加し、酒巻以外は9軍神と讃えられた。したがって酒巻が「生きて軍神になった」は誤り。

 他方、海軍部内で真珠湾攻撃を立案した「反大艦巨砲主義」の源田実(戦後はクリスチャンになり、参議院議員を4期務める)は米軍進駐後のある日、自宅にジープに乗った黒人兵がやって来て乗車させられた。不気味だったが、源田はどんな運命も甘受する覚悟はできていた。 ジープは源田を都心のビル内の黒人兵専用の酒場に連れて行き、黒人兵にお前は何故ここに来たかと問われた。分からないと答えると、世界で一番真珠湾攻撃を喜んだのは米国の黒人だと告げられ、歓待された。 米国人に聞かせたいエピソードである。

2025年9月2日火曜日

 日本海軍による真珠湾攻撃

  今朝の朝日新聞にハワイの「アリゾナ記念館」の記事が載っている。日本海軍機による真珠湾攻撃(戦前の日本軍には空軍という分類はない) で沈没した米戦艦アリゾナの跡地に建てられた記念館である。

 四十年以上前、 当時米国留学中の長男家族と、 カナダのヴァンクーバー在住の英国留学時の親友を訪ねての帰途、 最初にして最後の!ハワイ訪問をした。アリゾナ記念館付属の映画館で解説の映画を見たが、日本を特別に非難する場面がなかったのにほっとした。

 じつはあの日、米国海軍を攻撃したのは海軍機だけではなかった。特殊潜航艇と名付けられた一人乗りの超小型の潜水艇も複数隻出撃した。それらによる戦果の発表はなかったが乗組員は一人(坂巻少尉?)を除いて戦死し、彼らは軍神として称賛された。戦後に至るまで坂巻少尉の存在をメディアが報ずる事はなかった。生きて軍神となった日本軍人は他にはいない。

 訂正 前回の佐渡銀山は金山の誤り。春日山城も城址とすべきだった。毎回訂正が載るとは.........。