2024年8月27日火曜日

理解に苦しむ高級腕時計ブームの時代

近ごろ、時代物のスイス製の高級腕時計が高値(むしろ超高値)を呼んでいるとはなんとなく聞いていた。今朝の朝日新聞の『多事奏論』というコラムに「資産になった高級時計」という文章が載っている。それによると一部の時代ものの高級時計の価格は何千万円にも達するという。 投機のための所持も多いのだろうが、高額の賃料を払って借りる人もいると聞くと高級時計そのものの魅力が大きいのだろう。

 私はカメラは十台ほど所持したことはあるが、ライカM6を除きすべて実用のための道具としてだった。それでも白状するとオメガを2度入手したことはある。最初のものはアラスカのアンカレッジ空港の売店で入手した。まだソ連が民間航空に上空を開放していなかった頃、ヨーロッパへの往復はアンカレッジ経由が一般的であり、夏休みの何回かのフランスでの図書館通いで滞在費が余ったとき、空港の売店でオメガを入手した。しかし電池式はいっ時はネジを巻く必要がないとして流行だったが、一年か二年で電池を交換する必要があり、その後すたれた。その後日本でネジ巻き式のシーマスターを求め、長い期間所持した。しかし、特別に愛情を感じることもなく、電池式のそれとともに最近手放した。

 けっきょく、時計に実用性しか求めなかった私に現在の高級腕時計ブームは理解不能ということ。今はただ、アンカレッジ空港時代が懐かしい。昔を今になすよしもがな。

2024年8月24日土曜日

農協職員から学者知事へ 蒲島郁夫氏の見事な人生

 今朝の『朝日新聞』で14回にわたり続いた前熊本県知事の蒲島郁夫氏の自伝?が終わった。地方政治家執筆のものとしては異例の扱いであり、また、そうした扱いに値する企画だと思う。

 樺島氏は高校卒業後に熊本県の農協の職員に採用された。牧場を持つことが将来の夢だったが、その後、派米農業研修生に選ばれ大学で農学を、ついで大学院で政治学を学ばれた。帰国後は筑波大教授ついで東京大学教授となり、さらに郷土の熊本県知事を14年間務めた。私は以前から同氏に注目していたが、今回の自伝を読みあらためて尊敬の念を深めた。

 唯一不満があったのは熊本県の人吉盆地を流れる川辺川のダム建設を中止させ、2020年の同地の水害の誘因をつくったこと。民主党を中心とする連合政権が「コンクリートから人へ」のスローガンのもと無駄な公共事業にストップをかけた際に、川辺川ダムと群馬県の八ッ場ダムがともに何十年にもなる反対運動が目的を達して計画廃止となった。

 しかし、2020年の人吉市の水害で川辺川ダムは建設再開となった(八ッ場ダムはそれより早く)。「コンクリートから人へ」のスローガンは一般論として誤りだとは思わないが、過去に何回も水害を起こしている川辺川の場合、中止は妥当ではなかった。今回の自伝がわずか数行の弁明で済ませているのはどんなものか?

 それはともかく蒲島氏の人生はやはり見事という他ない。当時とは時代が違うとは言え、家庭的に必ずしも恵まれていない若者へのこの上ない励ましではなかろうか。

2024年8月17日土曜日

手入れのとどかない庭

 もともと庭の手入れなど、家内に迫られて最小限で済ませていたが、バチが当たったのか先月初旬に左手首の準骨折で除草機が使えなくなり、八重葎とはこういうことかと思うほど夏草に庭を占領されてしまった。それがかえって良かったということも無いだろうが、二、三年前から咲き始めた山百合が今年は数本に増え、それぞれが数個の白い花を次々と咲かせている。

 清楚な白百合は大学の名前になっているぐらい尊ばれているが、私は何色であれ色つきであればなあと思う方。バルザックに『谷間の百合』という名作がある。読んだことはないので何色か想像するしかないが、一般的なのはフランスでもニッコウキスゲのようなオレンジ色なのか?

 もう訪れることは難しくなったが、尾瀬や信州の高原に咲くニッコウキスゲ。もっともっと写真に撮っておけば良かったと軽い後悔をしている。

2024年8月12日月曜日

奇想の国フランス

 ようやくパリ・オリンピックが終わった。これはフランスの責任とは言えないが、既述したようにテレビチャンネルをどこに回してもオリンピックという期間もあり、閉口した。しかし、男女のマラソン放送など、地上を歩いても分からなかったパリの建築物群の美しさ、途切れない並木、それらを睥睨するエッフェル塔など、あらためてパリの美しさに感じ入った。
 他方、セーヌ川での開会式や水泳競技や気球を使った聖火台?など相も変わらぬ独創性の発揮ぶりが目立った。さすが奇想の国フランス!
 このブログで既に紹介したか確かでないが、戦後ドゴール空港を新設したとき、空港ビルは円筒形で(地下エスカレーターで入る)、その外周の数カ所に旅客機乗降用のブリッジがあり、他の空港とは異なり他の力を借りることなく自力で発着していた。さすがフランス的天才(genie francais)だといたく感じ入ったが、のちに増設された駐機用ビルは他国と同じ横一列で、自力で発進は不可能だった。アイデア倒れだったのだろうか?
 そう言えばヨーロッパ諸国の政体が君主制だった18世紀末フランスは、「自由 平等 友愛」を旗印に大国としては稀な共和政を発足させた。当時としてはまさに「奇想の国」だった。しかしヨーロッパの大国でフランスほど政体変更がひんぱんだった国はない。それでも新しい実験に突き進むところがフランスの面目躍如と言うべきだろう。

2024年8月9日金曜日

日米開戦の裏面

 長崎への原爆投下日に関連して今朝の『朝日』に原爆開発の関連記事でピューリツァー賞をとったニューヨーク・タイムズ記者のウィリアム・ローレンス(当時は原爆開発チームの広報担当に移籍)のことが紹介されている。

 記事文の中のローレンスの後年?の発言「これから死ぬかわいそうな悪魔たちに哀れみや同情を感じるだろうか。いや、真珠湾(攻撃)やバターン死の行進を考えれば、それはない」を知って腹が立った。真珠湾攻撃が開戦通告前の不意打ちだったとして「リメンバー パールハーバー」の一句が一躍、米国民の対日敵意を高めたことはよく知られている。それに対して戦後のわが国では在米大使館員たちが前夜に会食をして翻訳通告が遅れたこと、開戦通告文が異例の?長文で訳出が間に合わなかったことなどが弁解として挙げられた。その通りかもしれないが、私は長文の通告文は奇襲を成功させるためのの策略だった可能性はなかったかとの疑いを持っている。 しかし、真珠湾攻撃はまったくの軍事施設攻撃であり、東京らの都市空襲や原爆投下のように当時の国際法でも明白な違反だったのではない。

 他方、当時米国の植民地だったフィリピンでの米比軍の降伏に際して、捕虜たちが炎天下に数十キロ歩かされ少なくない死者が出たことが「バターン死の行進」と宣伝され、米国民の対日敵意を高めた。しかし、米比軍がマニラ湾のバターン半島やコレヒドール島の要塞に立てこもり降伏したとき、その人数は予想をはるかに超える多人数で、トラックによる輸送は不可能だった。後知恵としては捕虜の輸送をそれほど急ぐ必要があったかとの疑問はあるが、とにかく日本軍の能力を超えていた。

 真珠湾攻撃も「バターン死の行進」も、対枢軸諸国への参戦を熱望していたルーズベルトに最大限に利用されたことは否定できない。野党の共和党からは「裏口からの参戦」と批判されたが。むろん、日本の対米開戦の愚かさは言うまでもないが。


2024年8月5日月曜日

 人口減の心配 神戸まで!

  今朝の『朝日』に我が多摩市と神戸市の現況がそれぞれ、「老いる団地 幻聴が聞こえる」と「タワマンやめた 神戸の選択」として紹介されている。多摩市の記事は全国の公団住宅団地の現況の一例として驚くことは何もなかったが、天下の神戸!が中心地の将来の人口減少を予想しているとは驚いた。

 私が大学一年のクラス会に出席したとき、神戸出身の同級生が東京と神戸の違いは鯛と鰯の違いですと言ったのに驚いた。まだ東京に東京タワーもない時代。それにしてもあんまりだと思った。その20年ほどののち、私のゼミの卒業生が大阪で結婚式を挙げると言うのでゼミ仲間たちと出席した。翌日は神戸見物だったが、タクシーの運転手が「神戸には大したものは無い」といって連れて行ったのは天下の?山口組の組長の邸宅だった(むろん外から見ただけ)。当時はポートアイランドもなく、北野の異人館街が観光資源になるなど想像も出来なかった。

 それにしても天下の神戸市が将来の人口減を見越して対策を考えているとは.............。全国の自治体の苦しさはすでに尋常ではないだろう。対策として移民歓迎と言いたいところだが、彼らが住み着くのは仲間に会える大都会とその近郊だろう。邦人の若者もどうせ耳を傾けてくれないし、まさか大震災の到来に期待もできないし、対策なしとしか言いようがない。

2024年8月4日日曜日

 オリンピック種目は多ければよいのか?

  オリンピック放送がうっとうしいなどと書いたら変人扱いされるだろうか? しかし昨晩7時にテレビチャンネルを回したら、同時刻に5局(NHKだけで通常波とBSで2局)がオリンピック放送。他に日本のプロ野球2局となるといい加減にしてくれとも言いたくなる。

 どうしてこんなことになったのか。もちろん新種目の増加が第一の原因である。東京大会からパリ大会にかけてだけでもスケートボードやブレイキンなどが新しく採用されただけではない。従来からの種目でも体重別の細分化や(男女)混合種目が増えた。これを隆盛とだけ捉えてよいのだろうか?

 むろん新しい種目がすべていけないなどとは思わない。しかし、スケートボードで14歳と15歳の競技者が金メダルを取ったなどと聞くと、苦節十年の競技者は本心から納得できるのだろうか? また、オリンピックの多種目化のためテレビから疎外されたと感じる高齢者は私だけなのか? 恐竜類は巨大化のため滅びたとの説(異説あり)を信じたくなる!