岸田首相が女性新閣僚に「女性ならではの感性と共感力」を生かして仕事をしてほしいと発言したことが一部の反発を呼んだと聞く。その後の続報が乏しいので大きな論議とはならなかったようだ。結構なことである。
首相発言が不満な人たちもまさか男女の感性が同じとは主張すまい。それなら、これまで男性の感性が優位に立ち、その影響下にできた既成の制度や風習を改めることは当然ではないのか。ところが、在米十数年の知人は米国では首相批判の主旨は当然とされるし、自分もそう思うとのこと。
米国は人類の進歩にさまざまに貢献してきたが、集団ヒステリーにも再三罹ってきた。17世紀のマサチューセッツ植民地のセーラムでの少女の発言に発した「魔女狩り」は文学作品にも取り上げられ有名である(もっともヨーロッパでもこの時期同じ事態は起こったが)。近年では第一次大戦後の「禁酒」騒動がアルカポネの名とともに有名である。アルコール度数の高い酒は人体に有害であるとして取引を禁止したところ、ギャングたちの絶好の資金源となり、法律は廃止された。
近年では共産主義者にへの恐怖に発する第ニ次世界大戦後の「赤狩り」も有名である。ところが第一次大戦後の「赤狩り」はそれ以上に激しかった(F. L. アレンの名著『オンリー・イエスタデイ』に詳しい)。米国民が先導する運動にも警戒心は必要である。
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