2016年8月16日火曜日

池内恵氏の『サイクス・ピコ協定 百年の呪縛』を読む

中東の混乱した情勢はまだ解決には程遠いが、そうした混乱を生んだ元凶としてしばしば糾弾されるのが百年前の1916年5月に英仏二国間で結ばれた秘密協定、サイクス・ピコ協定である。西洋帝国主義、植民地主義による中東の不当な分割の代表例と多くの「識者」が言及する。

しかし、私は以前からそうした決めつけに疑問を抱いてきた。なぜなら第一次大戦までのシリアを中心とした中東地域はオスマントルコ帝国の支配下にあったのであり、独立国を分割したわけではない。そこに西欧大国の植民地主義的動機が働いたことは疑いないが、トルコの敗北後そのアラブ民族支配が継続されるのでない限り何らかの戦後構想は必要であったし、当時のアラブ地域の部族中心の社会では直ちに独立国家群を予想しなかったのは無理もなかった。

ところが英国の支援を得たメッカの太守フサインの兵力が大戦末期に自力でダマスカスを占領したことは予想外の事態だった。当然フサインはパリ講和会議でアラブの大義を主張した。しかし、反トルコ蜂起後のフサインの勢力は一時軍艦の艦砲の届く範囲内の狭い地帯に閉じ込められ、英国の支援無しには存続すらできなかった。

今年5月に刊行された池内恵『サイクス・ピコ協定   百年の呪縛』(新潮選書)は「サイクス・ピコ協定ほど、批判と罵りの対象になった外交文書もめずらしい」が、それは「中東の国家と社会が抱えた「病」への処方箋だった」と判断している。それが中東問題の解決にならなかったことは明らかである。しかし、百年後の今年5月、米国とロシアの間で成立したシリアでの「敵対行為の停止」の合意が、アラブメディアでは「またも外部の超大国の取り決めでアラブ世界の運命が決まるのだ」とも論評されているという ( 「米露間ではシリアの新憲法についての交渉も開始されているという」)。現在も百年前と同じ状況 ( 中東の病い ) に直面しているとも言える。

中東だけでなく世界では、外圧により近代世界に無理やり引き入れられた地域は少なくない。そうした場合、地域の近代化にとって百年は決して十分な長さではない。

ともあれ本書は示唆に富んだ中東問題の解説書だと思う。ウェルベックの『服従』を書評欄で取り上げた新聞は私の知る限り一紙だけだった ( イスラム教への遠慮?)。本書がどれだけ書評欄で取り上げられるかは各紙の中東理解の成熟度のリトマス試験とも言える。

2016年8月9日火曜日

善意あふれるわがまま

今朝の新聞各紙はオリンピック報道に劣らず現天皇の生前退位関連の報道であふれている。私は詳しく目を通す気になれない。

私は陛下と同年なので、2歳下?の美智子皇后ともども体力の衰えを理由とする退位願望はよく理解できる。しかし憲法に定められた国事行為以外の地方訪問などの行事は体力の許す限り行えば良い。それ以上のことは皇太子や他の皇族に分担してもらえば良い。

両陛下が象徴としての強固な義務感を抱いておられることは国民の誰もが知っている。しかし、ときに何もそこまで為さらなくてもと感ずるのは私だけだろうか。公務に重要度で差をつけたくないのと御心と伺うが、物事には軽重の差があって当たり前である。今のやり方を守り通すのは次の天皇皇后 (  現皇太子と雅子妃 ) にも同じ負担を強いることになる (  さもなければ御両人は公務に熱心でないと見られるだろう )。程度を越す善意はときに我がままともなる。

海外では国王の生前退位は珍しくないようだが、英国のエリザベス女王はまだ退位せず頑張っておられる。だが、訪問国の国民はウイリアム王子とその家族の訪問を女王の訪問よりも喜ぶのではなかろうか。王族の役割は相手国に自国への親しみを感じさせることが重要であり、残酷なようだが老人にはその点で限度があろう。

皇室典範の改正は上皇?の地位や権能など、一年程度で決着がつく問題ではなさそうだ。女性天皇創設まで踏み込むならば改正に賛成だが、秋篠宮家に男児が誕生した途端に女性天皇の論議がストップした現状を見ればその可能性は乏しいだろう。私は何時とも知れぬ典範改正よりも摂政を立てる ( そのための改正なら時間を取らないだろう ) ことで解決するのがベターと考える。それが両陛下の希望に反するとしても。 

2016年8月8日月曜日

訂正

図書の購読と書いたが閲読の誤り。機械が間違えた?!

イスラム教国フランス

2022年のフランス大統領選挙が一位のマリーヌ・ルペン国民戦線党首、二位のイスラム同胞党候補、三位の社会党候補の三すくみとなったフランスは、ルペンを「ファシスト」視する社会党が決選投票で二・三位連合を組みイスラム教徒の大統領の誕生を見たとする近未来小説『服従 』(ミシェル・ウェルベック作 ) が話題を呼び、邦訳本も出た。私は自ら購入するほどの熱意は無かったが興味はあったので図書館の十数人の購読希望者の末尾に加わり、半年後にようやく読むことができた ( 多摩市はけっこう文化都市?)。

フランスがイスラム教国になると言ってもテロや戦争によってではなく、選挙と政党の政略で変わったわけだが、その後の変化は大きかった。酒類を売るバーは閉鎖され、列車の食堂は豚肉はご法度のハラールメニューを用意した。それは序の口で、全ての学校で男女共学は廃止され、女子学生は全員ヴェールを着用する。パリ大学はサウジアラビアの資金に買収され、女性教授は解雇。豊富な資金で給与が三倍となった男性教授はしだいにイスラムに改宗した。全女性が労働市場から姿を消した。

しかし本書の注目点は以上の変化を単に家族重視のイスラムの子沢山 ( 産児制限はご法度 ) が生んだ土着フランス人の数的劣勢に帰するのではなく、フランス伝統の個人主義、人間中心主義がイスラム教の「神への無条件の服従」の教義に太刀打ちできなかったことを理由としていることである。本書の主人公は40歳台?のプレイボーイのパリ第三大学教授 ( 文学 )。何ら非難されることなく多くの女性 ( 学生も ) と関係を持ってきた。しかし多くの同僚と同じくしだいに西欧個人主義に疑問を抱くようになり、自由よりも服従に心惹かれたのである。

40歳台の妻と15歳の妻を持つ学長の、「女性が男性に完全に服従することと、イスラームが目的としているように人間が神に服従することとの間には関係があるのです」「イスラームにとっては ( 他の宗教とは )反対に神による創生は完全であり、それは完全な傑作なのです」との説得を主人公は受け入れる。

本書はつまり西欧の個人主義や人間中心主義がコーランの説く「神への絶対的服従」に敗れる物語なのであり、イスラム教の勝利というより西欧的知性の自滅の物語なのである。むろん作者の予想がそのまま現実になるとは限らない。しかし、イスラム勢力の中でも原理主義者がリーダーシップを握れば事態の悪化は小説以上ということもあり得る。100年、200年後にフランスの人口の半数が確実にイスラム教徒に占められるとすればウェルベックの『服従』を妄想の産物とは片付けられない。

2016年8月6日土曜日

リオ・オリンピックの開会式

リオデジャネイロのオリンピックの開会式を同時中継で見た。熱心なオリンピック・ファンではないので北京やロンドンの開会式を良くは覚えていないが、それらと比較しても今回の開会式は見劣りしないし、むしろ上回っているのではないかと思った。北京やロンドンも自国の過去を再現して印象的だったが、ブラジルの場合、歴史は両国に及ばない長さでも世界から多様な移民を受け入れた結果、イベント自体が多様性に富んでいた。

開会式前のブラジルは治安の悪さ、会場や選手村の不備、交通機関の準備の遅れなどをメディアがひんぱんに取り上げた。国民の半数がオリンピック開催に反対と報ぜられ、じじつ式の直前にも会場前の反対デモを催涙ガスを使って鎮めた。現在の同国の政治経済の混迷を考えればデモも理解できる。しかし私は競技が始まりブラジル選手が活躍すれば空気は一変するのではないかと予想していた。これだけ立派な開会式を成し遂げたことは彼らの自信を高め、競技を待たずとも空気を変えるのではないか。愛国心とか国民意識というものはそれほど根強く、ある意味危険となりうるものだろう (終わる頃には私自身も変わっているかも!)。

前回 ( 前々回?)のオリンピックのシリア選手団の行進はそれなりの規模だったろう。国家とはこれほど簡単に崩壊するものだった。開会式ではキリスト教徒、イスラム教徒、ヒンズー教徒、仏教徒の選手たちがひとしく式の熱気に感動したと思うのに。せめてこの熱気と感動が映像を通して諸国民に伝えられ、宗教や領土で殺しあうことの無意味さを考えるきっかけとなって欲しい。そのためならブラジル人が負担する巨額の費用も努力も無駄ではない。

2016年8月3日水曜日

訂正

前回、杉尾氏が長野県知事としたのは参院議員の誤り。また、宇都宮氏の鳥越氏批判の激しさに、「淫行疑惑」の女性側の主張に真実味を感じたのかと疑っていたが、選挙終了後解禁した宇都宮氏のブログhttp://utsunomiyakenji.com/1040  によれば、応援演説を拒んだのはやはりそれが理由だったと読める。鳥越氏は選挙戦敗北の上に裁判まで抱え込んだ。自業自得と言えばそれまでだが。

選挙 内と外

新聞でもテレビでも安倍改造内閣の顔ぶれが次々と報道されているが、全然興味が湧かない。政権政党が変わらないなら大臣に誰がなっても大した違いはないというのはある意味幸せなことなのかもしれない。それより小池百合子都知事のニュースの方がよほど面白いということもある。「小池劇場」にはめられたとも言えるが、同氏のしたたかさを自民党も野党も私も見損なっていたようだ。選挙費用50億円が無駄でなかったとなって欲しい。

最近のこのブログで小池候補が「エジプト留学などで身につけた視野の広さ」と書いたとき、私は彼女の留学期間が5年間とは知らなかった ( 1年や2年では本物ではない!)。しかし選挙中、知事の課題として電柱の地中化を挙げたのには共感した。地震の際、倒れた電柱が道路を塞ぐ危険は大きいが、その他にも都市の美観の点でも東京は都心の一部を除き先進国の都市に比べて見劣りするからである。ともあれ、「抵抗勢力」を排して? 順調な航海をして欲しい。

米国ではヒラリーとトランプの戦いの行方はまだ見えないが、ヒラリーの大会演説 ( 出色の出来だった ) の結果か、彼女が取り敢えず優勢を取り戻したという。このままリードを保って欲しいが、共和党大会でのトランプの演説も中々のものだった。銀行業と証券業の分離を復活する ( 1929年の大恐慌の教訓として分離されていたのに近年復活され、リーマンショックの一因ともなった )との公約は、サンダースの支持者を味方にするため ( サンダースの公約の一つだったとか ) の策ではあるが、ヒラリーが言わない ( 言えない ) 公約ではある。先日、イスラム教徒の米兵の戦死者の父親の演説を代作呼ばわりし、国民の反発を招いているが、「英雄とされる軍人や遺族への批判は米国ではタブー」(『日経』8月3日 ) というのも健全ではない。日本政府の日中戦争の停戦努力に対し当時の東條英機陸相が、戦死者の「英霊に対し申し開きできない」と反発して日米開戦にまで至った歴史は苦い教訓である。当時の日本と現在の米国が同じだなどとは言わないが...........。