2025年3月9日日曜日

フランスの植民地支配の論理

  今朝の朝日新聞に「80年前のフランス植民地軍による虐殺 真実が知りたい 旧宗主国との関係 見直すセネガル」との1ページ全面を使った記事が載っている。基本的にはNYタイムズ紙の 80years After Killing, Senegal Wants the Facts From  France の転載と言わぬまでも、記事に基づいているようだ。

 基本的事実は1944年12月1日にフランスでのドイツとの戦いから帰還した西アフリカの兵士たち35人(彼らは給料支払を求めていた)がセネガルのチャロイでフランス軍により虐殺された(一説には400人近く)。記事全体が米国メディアのフランス糾弾の色彩を感じさせないでもないが、昨年、マクロン大統領が虐殺と認めたのであれば、基本的事実は記事の通りなのだろう。

 フランス革命に際し世界で最初に人権宣言を発表したフランスがこのような不祥事をと驚く人が少なくないだろうが、逆の見方も不可能ではない。

 フランスではmission civilizatrice(文明化の使命)という言葉が帝国主義時代によく使われた。ヨーロッパ諸国によるアジアやアフリカなどでの植民地支配を美化したこの言葉の同類はヨーロッパの各国にあっただろうが、他国と違うところはフランス革命に始まる共和政が最高の統治形態だとの意識をフランスに生んでいた事だ。この現象がフランスによる植民地支配の正当化に他のヨーロッパ諸国以上に貢献したとは言えるだろう、

 パリの地下鉄の車内でフランス人警官が外国人(とくにアラブ人)に国籍を示す書類の提示を要求する事態を私も複数回見た。留学した英国でそのような振る舞いを見たことはなかった。人口中の他人種の比率もこうした事態の比率と無関係ではないだろうが.......。

0 件のコメント:

コメントを投稿