昨日、高校以来の友人の葬儀に出席した。本当は旧制中学以来の同期生なのだが、クラスも違ったし、彼はスポーツ(特にバレー)が得意。私は草野球以外のスポーツに関心がなく、当時の言葉で云う「ラジオ少年」(鉱石ラジオや鉄道模型を作って遊ぶ)だったので、ほとんど交渉がなかった。しかし、高校2年生の頃から同じ大学を目指していることを知り親しくなった。しかも大学入学後に私の関心が文学から歴史に変わり、結局同一学科に進学した。
その後、私は大学院に進み彼は共同通信社に入社し、会う機会も乏しくなったが、教養課程時代のクラスの同窓会では何度も再会した。今年も8月ごろもう一人の高校同級生と三人で食事を共にしたばかりだった。その後、西洋史学科時代の登山仲間で集まろうと先月下旬に二度電話したが応答が無かった。ところが月末に警察から照会の電話があり、死去を知った。夫人は数年前に亡くなられていたので、御子息が不審に思うまで時間がかかったのだろう。
葬儀は新横浜で盛大に営まれた。しかし私の住む多摩市とはJR横浜線の橋下経由でかなり距離が有り、老骨には結構大変だった。乗り物好きの私に生涯に一度は同線に乗せてやろうとの深謀と受けとめた!
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