2021年3月30日火曜日

スエズ運河異聞

  日本船籍の大型コンテナー船によるスエズ運河の不通はようやく解決に向かうようだ。なにしろ欧亜を結ぶ物流の大動脈だけに世界経済への影響が心配されたが、最悪の事態を免れそうなのは大慶至極である。

  スエズ地峡に運河を通し欧亜を結ぶとの構想は古いらしいが、それを実現したのは外交官兼事業家のフェルディナン・ド・レセップスと彼を後押ししたフランスの第二帝政 ( 皇帝ナポレオン3世 )だった。苦心の末だったが、エジプトの宗主国オスマン・トルコと大西洋航路重視の英国の妨害工事を排して運河を開通させたレセップスは英雄となった。

  ついで開通が目指されたパナマ運河は当然のようにレセップスとフランス ( 帝政は倒れ第三共和制になっていた )が事業主体となった。しかし、スエズには無い高地越えの困難と黄熱病流行により開通は困難を極め、最終的には米国により完成された。しかし、工事を完成したかったレセップスは工事期間を延長するため政治家たちにカネをばらまく「パナマ疑獄」を起こし刑事被告人となった。

  工事を引き継いだ米国はフランスの土木技術の高さに驚き、なぜ途中放棄したのかいぶかったという ( 大佛次郎 『パナマ事件』1960年 )。フランスでは、ナポレオン帝政はスエズ運河を完成させたのに共和制はパナマ運河を完成できなかったと、右翼の格好の宣伝材料となった。世論を無視できない民主政の辛さである。

2021年3月25日木曜日

二人の退場を惜しむ

  柔道男子71キロ級の金メダリストの古賀稔彦氏が53歳で亡くなった。私は柔道を習ったことはなく、特別の関心を寄せたわけではない。それでも古賀氏の早すぎる死去には惜しむ心を禁じえない。

  その理由の一つは氏がガンに勝てなかったこと。嘗てと異なりガンはもはや不治の病では無くなりつつあると信じていたのに、古賀氏のような強靭な肉体の持ち主でもガンには勝てなかったとは......。 理由の第二には氏が背負い投げを極めたこと。柔道が世界に広まるにつれ勝負にこだわる選手ばかり。寝技は本来認められた勝負手だろうが、寝技専門のような選手が現れたり、時間内に技らしい技をかけずに優勢勝ちを狙っているとしか思えない選手もいる。それに対し古賀氏ほど美しい柔道、これぞ柔道と思わせる背負い投げに徹底してこだわった柔道家は居なかった。第二の古賀は現れるだろうか。

  横綱鶴竜が現役を引退する。優勝回数は全6回とのこと。ここから強い横綱との印象は薄いかもしれない。しかし、彼は白鵬の全盛期に横綱を務めたのである。同時期の日本人力士が琴奨菊も稀勢の里も1回しか優勝していないことを考えれば、立派な横綱だったと言える。さらに古賀氏同様、その勝ち方は爽快で、張り手など美しくない勝負手に頼らなかった。最後の数場所休場を続け、協会から決断を迫られたが、私は鶴竜関は欲などで無くただもっと相撲をとりたかっただけと信ずる。今後は親方として相撲界に尽くして欲しい。

追記  前々前回、私の病気の告知が全文大きな活字だったのは当方の操作ミスで、不本意なことになりました。ご理解を!

2021年3月19日金曜日

他人の容姿の問題

  東京オリンピック・パラリンピックの開閉式の演出の総括の担当役だった佐々木宏氏がタレントの渡辺真美さんの容姿を茶化す場面を仲間に明かしていたとして辞任した。私は氏の名前は初めて知ったが、氏が制作した「白戸家」シリーズは私が柴犬好きという事もあるが、毎回機知に富んだ終り方が大好きだった。

  他人の容姿を茶化すことは対象が男性であれ女性であれ品位を欠く行為であり、まして今回渡辺さんをブタに例えたのは最低である。しかし、制作仲間とのLINEでの対話中のことであり、仲間の批判によって取り下げられていたとすれば、辞職は止むをえなくともこれほど批判されることかと思う。
  米国のPC ( Politically  Correct )運動を先頭に反差別運動が各国で高まっているようだ。当然と言えるが、それが問答無用式の糾弾となることには賛成できない。渡辺さんのコメントが朝刊に載っているが、りっぱなぶんしょうである。私は彼女が内心でも佐々木氏を許すと信じたい。

2021年3月16日火曜日

社会民主主義の後退

  朝刊に、ドイツで一昨日おこなわれた南西部2州の選挙結果が、「メルケル与党痛手  緑の党は堅調」との見出しで報じられている ( 『朝日』)。同国では戦後長い間、保守二党と社会民主党 (SPD)の政権交代が当り前になり、ブラント、シュミット、シュレーダーの3人の社民党政権がそれぞれ立派な業績を残した。ところが最近は「緑の党」がSPDの上位にあるらしい。信じられない思いである。なぜならSPDといえば、19世紀後半の創立以来100年以上も世界の社民勢力の模範となっていたから。それなのに何故?

  しかし、翻って考えれば我が国の社会党はもっと惨憺たる事になっている。私の学生時代、与党はつねに自民党だったが、社会党の躍進を願って深夜まで選挙結果を知るためラジオに聞き入ったのは私だけだっとは思わない。しかし、野党連立内閣でも誇らしい成果を挙げられないまま、福島党首一人の党になってしまうとは..........。

  原因として社民勢力にとって嘗て打倒対象だった資本主義が予想を越えてしぶとかったことが大きいだろう。また、愚かにもソ連や新中国 ( さらには北朝鮮まで!)に長いあいだ幻想を抱いた時期があり、中ソ対立以後矛盾が表面化した事も大きい。政党は高い理想を持ち、何れほど善意や誠意に溢れていても正しい方針を示さなければ支持を失う。それでも占領期以後の我が国では政治家がその政見のゆえに刑務所入りすることは無い。 ある時期、 日本社会党がそれに貢献したと考えたい。

2021年3月12日金曜日

追記  この一週間、熱を発しました。さいわいコロナ・ウイルスではないと診断されましたのでご安心を!

 morning

後悔先に立たず

  朝日新聞の夕刊に今夕まで5回、「チェルノブイリを伝える」と題する連載が載り、その第一回は評論家の東浩紀氏による「ダーク・ツーリズムの光と影」と題されていた。チェルノブイリの廃墟前に記念グッズなど観光化の兆しを目にした東氏の造語のよし。

  現代におけるダーク・ツーリズムの代表にアウシュヴィッツ強制収容所をあげてもよかろう。しかし、ガス室まで備えた「絶滅収容所」が主流と言うわけでも無いようで、通常の収容所でも不衛生や食糧不足や労働加重でホロコーストは実行されたようだ。

  ところで第二次大戦でドイツに敗れる前のフランスの首相たち、軍総司令官、労組指導者、ファシスト呼ばわりされた団体の指導者など10人近いフランス人は敗戦後、ドイツ内の各地の強制収容所に抑留された。やがて戦況悪化に伴い、オーストリアの古城に集められた。彼らの待遇はドイツ時代もその後も囚人などと言うものではなかったらしい。なぜなのか。

  ナチスの人種理論ではフランス人はユダヤ人やスラブ人と異なり、ピラミッドの底辺ではなかったためか?  しかし、ブルム元首相はフランスで最初のユダヤ人総理だっことは誰でも知っていた。外交的配慮が理由だったのだろうか?  しかしフランスの元リーダーたちは米軍に救出されて初めてその生存が確認され、世界を驚かせたのである。

  彼らフランスの各界の元リーダーたちは古城で、反省をタップリ話し合ったことだろう。何しろナチスドイツが強大化に邁進したあいだ、彼らは政治的ライバルとの小さな違いを誇大視し、政争にふけったのである。そして天罰を被ったのである。


2021年3月1日月曜日

安楽死承認を阻むもの

  先日、図書館に新聞読みに立ち寄ったら、人目につく場所に十数冊の近刊書が並べてあり、その中に科学史・科学哲学者の村上陽一郎氏の『死ねない時代の哲学』(文春新書 2020 )があったので借り出して読んだ。ちょくせつ安楽死問題に是非の断を下してはいないが、文中の指摘には同感する部分があった。

  昨年末にニュージーランドの国民投票で安楽死合法化が多数を得た。2001年のオランダをはじめスイス、ベルギー、ルクセンブルク、コロンビアと、最後のコロンビアを除き全て先進国に数えてよい国々が安楽死承認に踏み切っている。それなのに我が国は安楽死 ( 薬剤使用らしい )どころか極度に厳しい条件でしか治療停止を認めない。これでは医師も我が身の安全を考えたらめったに同意しないだろう。

  我が国のこの動きの鈍さは他の問題にも頻繁に見られ、切羽詰まらないと動かない国民性と私は考える。他方、村上氏は国民性には触れず二つの歴史的要因を挙げる。ひとつは長く続いた戦争体験であり、「そうした世の中への深い反省、強烈な反動というものが、戦後の日本社会に非常に大きく働いているのではないでしょうか。某首相は『命は地球より重い』などと不可思議な言葉を吐いて、テロに屈する言い訳にしました」「1日でも長く生き延びることが100%の『善』である、という思想です」に私も同感である。
 
  氏は続いて、「もう一つ、直接医療と関係ないところでの安楽死・尊厳死への根強いブレーキがあります。それは『ナチスの悪夢』という形で語られる側面です」と言われる。これは一見別の事のようだが、ナチスによるユダヤ人虐殺が、大戦前から続く同胞の精神障害者の抹殺の延長線上の事象だったことが我が国でも近年たびたび紹介され、優生思想の危険性が大きくクローズアップされた事実と安楽死嫌悪との関連の指摘であり、鋭いと思う。

しかしヨーロッパ諸国も日本と同様に戦争を体験したし、ホロコーストは我が国以上に身近な体験だったはず。それでも安楽死をやむを得ないものと受け入れる。高齢者の一人である私には他人事ではない。
追加 。  前回のブログで紹介したNHKの番組は『飽食の悪夢』( 2.17 )でした。食料の3分の1がムダになるとは世界ではなく日本のことの間違いか?