2014年1月15日水曜日

東京市歌の復活を!?

前々回のブログで古関裕而の軍歌に言及したとき、肝心の「海の進軍」という題名を書き忘れた。実際は題名から作曲者名を割り出したのであり、古関の名を見たとき私はこの曲を私が好きな理由を納得したのである。歌詞は軍国少年が感激したていのものだが、海鷲や七生報国など当時の少年たちを鼓舞した常套句がどう使われたかを知るぐらいの価値はあろう。
今回取り上げる東京市歌もYoutubeで聞くことができる。大正五年の作というこの歌を私の世代は小学校の音楽の授業で習ったが、覚えている人は少ないようで、ましてその前後の世代には存在さえ知る人は少ない。私も作曲者が山田耕筰であるとは最近知った。戦後新しい東京都歌が作られたのは市歌に二箇所皇室関連の箇所があったためであろう。しかし東京都歌を知る人は殆んどいないのでは。
私には山田耕筰作曲の歌が全く忘れられているのが残念で仕方がない。二箇所ぐらいの歌詞を改めることはその気になれば容易であろう。著作権の有無はわからないが、作詞者の子孫も歌が再び注目されることで満足していただけるのでは。実現可能性が極めて乏しいことは重々承知しているが、戦時中同級生にろくに挨拶も出来ずに東京を離れた私にはこの歌が忘れられることに未練が残る。

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