2026年11月6日金曜日

 白くないギリシャ彫刻!

 NHKBS放送のFrontierという定時番組がごく最近(日付は不明)放映した『白いギリシアの真実』という番組を録画で見た。我々はギリシア彫刻の石像はすべて純白だと疑っていなかったが、最近になって実は彩色されていたと何かで読んだ。その詳報とも言うべき番組である。

 首都アテネのパルテノン神殿の破風の彫刻群(ロンドンの大英博物館でもその一部が見られる)をはじめ「ミロのヴィーナス」や「円盤投げ」のような個別の作品に至るまでギリシア彫刻はすべて極彩色に彩られていたという事実は驚きである。何だか有り難味が減るように感ずるのは私だけなのか? 私など所詮ギリシア彫刻の真の価値など理解できない門外漢だったのか。とにかく、驚きである。時代が違えば美的感覚も違うということか?

2026年11月5日木曜日

 トランプ米大統領の敗北

  トランプ米大統領の与党の共和党が米国の中間選挙で民主党相手に大敗北を喫した。 同選挙では歴代大統領の与党はこれまでも支持票を減らすことが多かったらしいが、今回ほどの敗北は特筆に値するようだ。とはいえ、我が国の政権交代と異なり、米国は三権分立が徹底しているので、今後どの程度トランプ大統領が実権を失うかは何とも言えないようだが、これまでのように傍若無人には振る舞えないとは言えそうだ。それにしても、最悪の事態を阻止する力が米国のデモクラシーには備わっていたことは喜ばしい。先のことは予言できないとはいえ、中国国民は米国と比較して自国の政治制度の欠陥にあらためて深い失望を味わっているのではないか?

 我が国の言論界で毛沢東が中国の救国の英雄のように受け取られていた時代を知る者には深い感慨なしとしない。

2026年11月3日火曜日

 旧車は懐かしい?

  今年がトヨタの大衆車カローラの誕生60周年ということで、新聞に写真入りの記事が載っており、嘗ての持主の1人として大変懐かしいし、スタイルも記憶の中より結構美しい。

 その頃、カローラと日産のサニーがほぼ同時に誕生し、 両車の人気争いが話題となっていた。 しかし、両車とも大衆車といっても我が家には高価だったので、我が家の愛車の第一号はトヨタのパブリカだった。そのころ米国での価格が最低の車は千ドル(36万円)カーと呼ばれ、 パプリカはピッタリだった。エンジンは空冷2気筒で音は小さくないし、むろん冷房などある筈もない。 それでもよく走ってくれたし、大阪の第一回万国博訪問もこのクルマで父親役を果たした。それと比べれば次に入手したカローラは冷房もつき、よく出来たクルマだった。ただスタイルは今回の写真の方が美しく感ずる。ノスタルジーのなせる業だろうか? それとも最近の車は奇を衒ったものが多いせいか?


2026年10月31日土曜日

 同志社国際高校生の死

  同志社国際高校の生徒が同校の3月の沖縄研修旅行中に溺死した事故を同志社理事長が公式謝罪したとの報道がなされている。事故の責任は第一には沖縄側の受け入れ機関(むろん船頭も含めて)にあったとしても、また同志社のより下位の責任者の会見はあったと記憶するが、死亡事故の何と半年後とは!

 だか、私が問題としたいのはその事ではなく、同校内でどうして杜撰な行事が何年も実施されていたかである。そのカギと言えそうなのが、『朝日新聞』の同記事の末尾に、研修旅行に関わっていた「男性教員」が8月に亡くなっており、自死と見られるとのこと。自死とはなんとも大変なこと。本来は同紙は理事長の謝罪よりも何よりも今回の不幸な事故での同教諭の役割を調査し報道すべきではなかったか? 同紙が本気で事故の全体像を報道しているとは思えない。これでは生徒本人も家族も納得できる筈がない。

2026年10月27日火曜日

 訂正と追加

  前回のブログでルペン氏の個人名をマリーとしたが、マリーヌの誤り。なお、同氏の所属政治党派を我が国の報道機関のように「極右」とせず、「右翼」としたのは我が国での慣例は誤解を招くと考えたので。そもそもフランスの国会では左翼は議長席に向かって左に、右翼は右に座ることからそう呼ばれる。たしかに一番右に座ればフランス語でextreme droitとなるが、我が国での「極右」の語感とはかなり異なる。

2026年10月24日土曜日

 フランス政治の混乱

 私は現在のフランスの中等教育の現状や物価高による生活難について知識が乏しい(前者についてはゼロ)なので発言を控えたいと思って来た。それでもリモージュ市の市庁舎の百数十年前に建てられた鐘楼の炎上破壊には言葉を失った。リモージュ市民のみならず、フランス国民も許せないと怒っていると信じたい。

 物価高は相当のものだろうが、他の西欧諸国に共通する悩みで、フランス一国の問題ではなかろう。便乗した掠奪や破壊が許せないことは言を俟たない。今週末にも第二波のストライキやデモが行われると聞くが、それに備えてパリの商店が通りに面したガラスの壁や窓を合板などで覆っている様を見ると、デモに便乗した盗難や破壊行為が物価高に加勢しているとしか思えない。これでは右翼のマリー・ルペン氏の大統領誕生に結果するのではないか? 

2026年10月19日月曜日

 驚きの高市内閣の高支持率

  今朝の朝日新聞に同社実施の最新の世論調査の結果が載っている。それによると高市内閣の支持率は発足当初の68%から50%へと下降しているが、梁農水相の不祥事による退陣にも拘らず、なお高水準である。本邦初の女性首相とあればそれ自体は驚きというほどではないが、同じ調査での男女別の内閣支持率が男性が56%、 女性が43%とは驚きである。我が国の男性は女性の各界への進出をかくも暖かく迎えているということなのか? その我が国で女性天皇の誕生が大難航しているのはどういうことなのか? だれか教えてほしい!

2026年10月17日土曜日

 リーグの勝者が日本一になれないとは...........

 テレビでCSファイルステージの阪神タイガース対横浜ベイスターズの試合を見ている。タイガースはセリーグで優勝したが、この試合に負ければ日本シリーズに出場出来ず、したがって日本一になれないと聞く。私はタイガースのファンと言うほどではないが、なんとも面白くない。昔のようにセリーグの王者とパリーグの王者が日本一を争うほどの緊張感が欠けている。

 現在のような制度は各リーグの優勝が早々と決まってしまうと、 その後が消化試合になり緊張感に欠けるということから決まったとも聞いているが、そもそも半年にわたるリーグ戦の勝者が日本一に挑戦できないのはおかしい。試合数の増加による収入増も現在の制度の発足の本当の理由だとすれば何とも「セコイ」話である。稲尾の連投で三原監督の西鉄が水原監督の巨人を破って日本一になった時代がなつかしい。何より結果に納得できた。これほどの改悪を誰が考えたのか!

2026年10月12日月曜日

 昭和の山寺の生活

  各地での野生のクマによる被害が連日報ぜられている。地方に住み過疎化に抗っておられる方々が被害者になられるのは都市民として本当に心苦しいこと。官民協力して被害の防止に努めてほしい。

 その最新の被害の発生地として愛知県の豊田市の小原町の住民の被害が報ぜられている。そこは昔は矢作川の上流の山村で、昭和20年代の末ごろ私は落ち着いて卒論の準備をするためそこの寺に1ヶ月近く住まわせていただいたことがある(当時は小原村)。  紹介者と訪れた日は矢作川の鮎が食卓に登ったが、その後は動物性蛋白質はほとんどゼロ。寒冷地のため8月も初旬が終わる頃やっとナスが収穫され始め、その味噌汁がご馳走だった。当時の山村住民の食生活は大同小異だったのではないか? 少なくとも寺の食事はそうだった。そうした食事で日々の労働によく耐えられたと思わずにはいられない。

 現在の小原町はトヨタ自動車の工場への通勤圏なので、食生活も一変していることだろう。同社が乗用車を作りはじめた昭和30年代初期の頃の話である。

2026年10月9日金曜日

 白駒の池の思い出

  今朝のテレ朝モーニングショーと、局名も番組名も思い出せない昨日のテレビ番組で、長野県の諏訪地方と佐久地方を結ぶ標高2100メートルの麦草峠の「白駒の池」が紹介された。峠の駐車場から10分ほどで湖岸に達するが、途中の林の中の岩という岩はすべて緑の苔にびっしり覆われる異色の風景。池自体も岸まで高山林に囲まれそれも美しい。私は三〜四回訪れているが、ある時、職場の同僚2人を案内して訪れ、湖岸の周遊路の終わりに近い無人の休みどころで此処はよくカモシカが姿を現すと話したが相手は半信半疑の様子。  すると突然2メートルほどのところにカモシカが姿を現わし、私の名誉を回復してくれた(カモシカは禁猟獣のため人を警戒しない)! 我が国には十和田湖や美幌峠からの屈斜路湖を始め美しい湖はいくつもあるが、湖岸を半時間ほどで巡ることができる湖では出色の美しさだと保証する!

2026年10月6日火曜日

 「文明化の使命」

  西欧諸国による帝国主義支配の最盛期にフランスで使われた言葉に「文明化の使命(mission civilizatrice)がある。もともとフランス人は自国の文化に強い誇りを抱いていたし、フランス革命によって英国に負けない(それ以上の?)人権の母国となったとの意識から植民地領有の正当化の論理として用いられた。むろん、フランス植民地支配が他国、例えば英国や米国のそれより文明的だったとは言えないだろうが、フランス人の植民地認識の一面ではあった。 

 今朝の『朝日新聞』に旧フランス領植民地のシリアの旧アサド政権時代の暴政ぶりが三回の連載で紹介されている。長期の内戦中だったことを割り引いても、「身の毛がよだつ」としか言いようのない暴政である。これでは私はフランスが自国の植民活動の正当化のため使った「文明化の使命」を「偽善的」と片付ける気にどうしてもなれない。

2026年10月4日日曜日

 味覚の個人差

  自分の味覚に全く自信の無い私がこうした話題を持ち出すこと自体が不遜であることは重々承知しているが、私は魚料理も好きだが敢えて選ぶなら肉料理が好き。そして肉料理の好みでは当然調理方法にもよるが、やはり牛肉、豚肉、ついで鶏肉の順に好む。その牛肉料理とくにビフテキだが、テレビ番組での登場度ではレア、 ミディアム、 ウェルダンのうちレアが圧倒的に多くウェルダンなど見たことがない。

 しかし、ビフテキの旨みは肉汁の旨みのことだとすれば、私はやはりウェルダンが一番だと思う。  しかし、お前がそんな文章を書くことが間違いだと言われれば一言もない。どなたか牛肉はよく焼くほうが美味だと味方してくださる方は居られないか!

2026年10月2日金曜日

追記

  前回のブログで「長征」に毛沢東が参加していなかったかのように書いたが、長征では共産党軍は二手に分かれて北上したとのことでより東側の長征軍に参加していたかも。なお太鼓鎮は石で知られる大理の北方にある。

2026年9月30日水曜日

 中国共産党と私?

  『朝日新聞』に「職にあぶれたたどり着いたネットカフェ」という記事があった。中国の若者がネットカフェでゲームに熱中との記事で中国南部の貴州省の遵義のカフェの訪問記が載っている。私には遵義という地名にかすかな記憶があり、ネットで調べたらやはり毛沢東がはじめて中国共産党の指導的地位を得た場所だった。当時の同地方は共産党の支配下にあった。

 しかしその後の国民党の蒋介石軍の攻撃を受けて共産党軍は華北の陝西省の延安まで「長征」とも「大西遷」とも呼ばれる大逃避行の途中、揚子江上流の太鼓鎮という町で集団渡河した。現中国にとっては記念すべき街には当然記念館があった。毛沢東は同行していなかったので、私がツアーで訪ねたとき展示は賀竜将軍を中心だった。彼は文化大革命で失脚したのに僻地の記念館の展示にまで影響は至らなかったか? それにしても共産中国の人物評価にはついて行けない!

2026年9月26日土曜日

 未開人ほど平和愛好者?

  通常あまり見たことがないテレビ番組だが、 NHKの『地球ドラマティック』という番組で、「冒険家コンゴを行く、 森奥の先住民族の村で」というドキュメント番組を見た。アフリカの赤道直下のコンゴ共和国の最奥の森の中で暮らすムベンジュレ族(人口6万人以下とか)を白人のリポーターが訪ねる番組だった。

 男も女も薄いTシャツを着ているのは半数以下。下は腰蓑で、思わず子供の頃読んだ人気漫画『冒険ダン吉』を思い出した。彼らはニューギニアの奥地に住むと聞く未開民族と同程度の文明の発展段階だろう。しかし彼らは狩猟は毒ベビも殺さない穏やかな採集民族。およそ財産などに関心のない共同生活を送っている。私は狩猟採集民族は低い文明段階にあると考えていたし、今でもそう考えているとはいえ、例外もいると思いたくなった。

 我が国でもアイヌ民族が多年未開民族と考えられたのは、狩猟採集民族は下位の発展段階にあると考えられたことと無関係ではないだろう。しかし、原水爆戦争の脅威に加えてAIによる地球文明の破滅の可能性まで無視できないとなると、「先進民族」の功績も再考しなければならないのか?

2026年9月25日金曜日

 房総西線の思い出

  印旛沼の溢水など、一カ月ほど前の線状降水帯による水害に続いて千葉県での水害が続く。沼の溢水ほど写真写りが目立たないが、JR東日本の内房線の崖崩れの被害は深刻で、復旧に3ヶ月ほどかかりそうだとか。

 名称がいつから内房線に変更されたかは知らないが、私が子供の頃毎夏利用した時代は房総西線という線名だった。両国が始発駅で行先名は安房鴨川だった。むろん蒸気機関車の時代で、下車駅の館山駅(当時は安房北条駅)までの車窓の景色が珍しかった。千葉駅から間も無くの海苔干しの風景に始まり、右手の東京湾と続く。上総湊付近では網戸を下ろさせることが多かったが、密かに覗くと軍艦が1隻2隻停泊していた。地図を見れば分かるが、対岸の横須賀軍港は意外に近く、その一部の役割を果たしていたのだろう。安房北条駅からは木炭車のバスで、白浜の手前の根本のバスストップまで乗るのだが、戦時中は手前の布良(青木繁の「海の幸」という名の絵で知られる)までしか行かず、2キロほど歩かされた。房総半島の先端部は花の栽培地帯で、新聞写真やテレビで一時はたびたび紹介されたが最近はどうなっているのか..........。

2026年9月23日水曜日

 ひいきの引き倒し

  他紙の論調は知らないが、我が家が購読している日刊紙は高市首相が表明したトランプ米大統領の赤根国際刑事裁判所長官への攻撃に対する2回の遺憾の意では不充分であり、もっと明解な反論をすべきだとの立場のようだ。しかし、赤根長官は日本人ではあるが、我が国の国家公務員ではなく、言わば国際公務員。 出身国首相があれこれ口を出すべきだろうか?

 私とてもトランプ大統領のICC長官への攻撃を不快に思うし、何よりも11月の米国の中間選挙での共和党の敗北でトランプ大統領の「レームダック化」を一日千秋の想いで待ち望んでいる。しかしそれとこれとは別。赤根長官自身が日本国首相の支援発言を望むとは到底思えない。

2026年9月19日土曜日

 フォークランド戦争の記憶

  今日のNHKのBS放送の番組『ワイルドライフ』は、アルゼンチン沖のフォークランド諸島でのイルカの生態を克明に追っていた。新聞の番組表にはフォークランドの名は勿論、 イルカの生態の番組とも表記されていなかったので、 私は偶然に途中から見たのだが、フォークランド諸島が舞台と知って番組を最後まで見た。

 同諸島を巡る英国とアルゼンチンの間の「フォークランド戦争」が起こったのは1982年のこと。同諸島は両国の住民が住むとはいえ、多年英国領だった。ところが、アルゼンチンの軍事独裁政権が人気取りのため、 植民地解放を口実に同諸島の奪還を試みた。何しろ南極に近い絶海の孤島で、よもや英国が再奪還のため出兵するとは思わなかったのだろう。しかし、サッチャー英首相は空母を含む英国艦隊を送り、最新兵器を駆使した海戦により同諸島を再奪還した。

 英国艦隊がプリマス軍港に帰還した時、テレビで見た英国民の歓迎ぶりはすごかった。大戦後の植民地独立の趨勢を受けて大英帝国の消滅を不本意ながら受け入れてきた英国民が、それに便乗しようとしたアルゼンチンの軍事独裁政権を敗北させたことがどれほどの喜びだったかは私にも理解できた。これでサッチャー首相の人気が高まったことは言うまでもない。

2026年9月15日火曜日

 朝鮮人同級生との小さな思い出

  朝日新聞の夕刊に「決闘から始まった授業」との見出しで、広島の高校生と同地の朝鮮中高級学校の生徒らの衝突と和解の努力のエピソードが載っていた。私は戦争末期東京を離れ地方の小学校で2人の朝鮮人の生徒と一年足らずだが同級生だったことがある(東京では同国人と会うことはなかった)。彼らの親は飛行機工場の拡張のための土地造成の作業に従事していた。日本人生徒が朝鮮人の生徒をいじめたりすることは皆無だったのは、彼らが大柄だったことと無関係ではなかったかも知れない。

 彼らの居住する集落は小学校と道を隔てた反対側にあり、ある日私は誘われて同級生の家を訪ねた。典型的なバラックの家だったが新築後間も無くだったので清潔な感じだった。 他の同級生が集落を訪れることは皆無だったからか、同級生の母は大歓迎してくれた。現在と異なり交流がゼロでは生徒同士の衝突もなかったということか? ともあれ、エトランジェ同士が慰め合ったということなのだろう。


2026年9月13日日曜日

 「9・11事件」の記憶

  今年は乗っ取られた複数の民間航空機がニューヨークの世界貿易センタービルを攻撃して破壊したいわゆる「9・11事件」の25周年ということで、新聞を中心に回顧記事が目立った。日本人ビジネスマン数十名も犠牲になった驚愕の事件だった。私はたまたま途中からテレビを見て最初は何が起こったのか理解できなかったが、2機目(3機目?)が突入するのを見てやっと事態を理解し、言葉を失った。

 犯人たちもあれほどの事態になるとは予想していなかったかも知れないが、何の関係もない民間航空機の乗客たちの生命を奪うことを何とも思わない犯人たちの冷血漢ぶりに言葉を失った。その意味では当時のブッシュ大統領や米国民の怒りは理解できる。

 実は過去にアフガニスタンに侵攻した英帝国と旧ソ連のどちらも何の成果もなく撤退した。だからといって結果論から米国のアフガニスタン侵攻を過去の歴史を学ばなかったなどと批判する気にはなれない。人命の喪失を何とも思わない宗教指導者が世界には存在すると観念する他ないのだろう。