2025年4月24日木曜日

 ブログ再開します

 心ならずも当ブログを休んでいましたが、入院一週間余りで術後退院を許されました。現代医学の進歩に厚い感謝の他ありません。

 先々週の日曜日、転倒して背中に激痛を感じ、すぐに専門病院に救急車で急行し、診察してもらいました。背骨に2箇所の圧迫骨折が見つかりましたが、予約で一杯だったのか手術は体調を整えてから?ということで3日前まで待たされました。その間、天井を向いて横臥することしか出来ず、もし術後もこの痛みが多少とも残るのなら、 絶食して死にたいと思いました。さいわい、 激痛とはさよなら出来、 よちよち歩きしか出来ませんが、医師をはじめとする関係者全員に感謝あるのみ。以上、とりあえず報告します。平瀬拝

2025年4月15日火曜日

 休刊のお知らせ

 昨日、骨折を起こしました。当分ブログの執筆は困難なので休刊といたします。悪しからず。これまでのご愛読感謝します。平瀬拝

2025年4月7日月曜日

 ガザにようやく休戦要求のデモ

  今朝の毎日新聞に一面(第一面ではない)の半分近くを使ったガザ関連の記事が載っている。「ハマス去れば 戦争終結」「統治望む住民住民は36%のみ」「ガザの弁護士 抗議デモ参加」という見出し。内容は、ガザ地区で3月下旬、「ハマスに対する抗議デモが数日間にわたり行われ」「数百人規模のデモが起きたのは異例のこと」とし、参加者の弁護士某(29才)が「ハマスが去れば、この戦争は終わる」と語ったというもの。同氏は2019年に「増税などに対する抗議デモを組織し、投獄された経験を持つ」という。

 私はついにガザの良識派が声を挙げたと感じる。ようやく実現した第一次の休戦が成功裡に終わったのに、ハマスは第二次休戦に応じなかった。むろんハマスが一方的に批判されて良いとは思わない。しかし、これまでイスラエルでは複数回の政府批判の大規模デモあった。先ごろの第一次休戦成立時のガザ住民の喜びぶりを見れば住民が休戦延長を支持することは明白で、ハマス指導部は休戦延長の障害となっている。

 これまでに成立した人質解放交渉ではハマスによるイスラエル人の人質1人に対し、ほぼ数十人のパレスチナ人の闘士が釈放された。ハマス指導部が同胞の囚人の運命を重視しているとは到底思えない。そもそも人質は全員即時釈放すべきなのに。

 私はデモの組織者たちと参加者たちの勇気に心打たれるとともに、彼らの身の安全を心から祈る。

2025年4月5日土曜日

 自由主義経済の明と暗

  トランプ米大統領の高関税政策が世界各国を揺さぶっている。すでに我が国の株式相場は激しい下落に見舞われている。経済(学)に疎い私には、この先の世界経済の行方を見通すことは困難だが、日本経済が特殊でないとすれば、各国経済が大変動に見舞われる可能性もあり得るのではないか?

 1929年に始まる世界恐慌の経験が各国の自国本位の閉鎖的経済政策の結果と反省されて以来、戦後世界ではほぼ一貫して各国経済の自由化が正しいとされた。しかし、その結果自由競争に敗れた産業が自国や地域から殆ど消滅する可能性は軽視された。その結果、単一の産業にほとんど依存していた地方のいくつかは経済が衰退した。ゥァンス米副大統領が描いた小説『ヒルビリー エレジー』の世界である。仮に経済の自由化が全体としての国民経済にプラスだとしても。

 われわ日本人は何はともあれ世界経済の一体化に利益を得てきた。しかし、それが米国の鉄鋼業や自動車産業の衰退を伴っていたのはやむを得なかったのか? 少なくともメキシコやカナダに工場をつくってまで利益の最大化を目指したのは賢明だったのか? それが米国の消費者にプラスだったとしても私には行き過ぎだったように思えてならない。私は現代に通用しない経済ロマンチストなのか?

 

2025年4月1日火曜日

東ドイツ滅亡の与える教訓とは.........

 昨夜おそく放映されたNHKの『映像の世紀 東ドイツ監視国家41年の闇』を録画で見た。ナチス・ドイツの消滅後に東西に分割されたドイツの東半分が、ソ連の指導下に社会主義(やがては共産主義)国家をめざしながら過剰な監視組織シュタージ支配の国家と化して国民の支持を失い41年後崩壊した歴史の記録である。新知見は多くなかったとは言え見応えはあった。
 
  同国は当初は社会主義の優位を示す宣伝の一端としてのスポーツ選手などの大活躍で世界の注目を浴びた。しかし、本番組で実例として挙げられた女子フィギュア・スケートのカタリーナ・ヴィット(私には昔の訳語ビットが懐かしい)を例に挙げれば、才能を認められた7歳児の頃から特別の教育を受けるばかりか、ステロイドの服用を強いられ、体は次第に男性化した。要するに国民は社会主義国家の宣伝道具と化したとのこと。
 同国は大戦後に工業設備などをソ連に賠償として持ち去られた不利もあったが、結局のところ西ドイツとの経済競争に敗れた。したがってその後は強権によって国民を支配する他なかった。その失敗にはシュタージの例に見るように徹底性に走るドイツ国民の国民性もあろうが、他の東欧諸国やアジアの中国、北朝鮮、ベトナムらインドシナ3国など全て高い理想を掲げて出発しながら今や党官僚支配の独裁国家となった。ベトナムを例にとれば、大戦後にフランス次いで米国と戦って独立を果たしたベトナムも300万人という大戦中の日本と同程度の死者を出した挙げ句、独裁から脱することができない。我が国で、いや世界でベトナム反戦運動に共感した当時の若者たちは現状をどう見るのだろうか?
 
 

2025年3月27日木曜日

戦後の学生運動の傍で

  NHKが「放送100年」と題して先週から夜のゴールデンアワーに、第一回は政治を含む世相の変転を、昨夜の第二回はオリンピックとプロ野球を中心に過去65年間?のテレビ放送の映像を再現していた。昨夜のスポーツ篇もオリンピックでの日本の選手たちやプロ野球の選手たちのの活躍の映像も懐かしかったが、第一回の世相篇も軽井沢の連合赤軍と警察の死闘(事実、警察側に死者が出た)を中心に当時の世相が再現され、私に強烈な印象を与えた。

 私が大学に入学した1950年代後半の頃は学生運動では日本共産党の影響が支配的だった。当時のキャンパス内の学生寮に級友を訪ねたら政治論議の最中で、双方がしきりに「党が」「党が」を口にしている有様。共産党の影もなかった田舎の高校を卒業した私は当惑するばかりだった。渋谷のハチ公前広場での無届け集会?に参加して警官隊に道玄坂の中ほどまで追われた時は本当に怖かった。

 その後の学生運動の「代々木派」と「反代々木派」の対立抗争は報道で知るのみだったが、「連合赤軍」の「山岳アジト」での仲間の処刑などの影響で少なくとも左翼学生運動は大衆には無縁のものとなった。それが大学紛争でふたたびクローズアップされた時には大きな話題になったが、大衆の理解と共感を得ることは少なかったと思う。大学人の末端にふたたび加わっていた私は今度は糾弾の対象となっていた! それも含めて私の世代はあの時代に無関心ではいられない。

2025年3月22日土曜日

産業公害が悪いのは自明だが...............

 今朝の朝日新聞のbe版に山田洋次監督の連載エッセー『夢をつくる』の第39回が載っている。私はトラさん映画はかなり見て楽しんだが、『夢をつくる』の愛読者ではない。今回は山田監督の出世作のひとつ?、ハナ肇主演の「馬鹿丸出し」の原作者藤原審爾の思い出が主だった。同氏の晩年の小説『我らが国のへそ曲がり』の映画化を勧められたが、実現しなかったとのエピソードだった。私は当の小説を読んでいないが、そのテーマが瀬戸内海沿岸の小さな街で、地域の工業化で自然が荒廃していくのに怒る話と知り、複雑な思いに駆られた。

 私の高校生時代の親友の1人K君は大学の工学部の製鉄科を卒業し父親と同じ製鉄会社に就職した。会社の主力工場が千葉だったころ、横浜港にクィーン・エリザベス2世号を一緒に見に行ったり、のちに倉敷市が主力工場の所在地になったころ、広島での学会出席の際や中国地方見物の際に倉敷に立ち寄り旧交を暖めた。そのおりに彼が製鉄所の廃棄物による公害に住民との板挟みで苦しんでいると知った。

 最近ではK君との連絡は絶え、お互いの年齢を考えればもはやこの世の人ではないと覚悟していた。ところが最近は倉敷の製鉄所の環境対策が進んで海中のプランクトンが減り、アサリが不作になったと聞いていた。直近ではこの辺りの瀬戸内海のシラス類の収穫減少が深刻だと聞く。誰を責めるということではないが、K君の苦悩は何だったのかと思うことはある。