2025年3月12日水曜日

西欧的基準を押し付けて良いのか!

  今朝の朝日新聞によると、ハーグの国際刑事裁判所(ICC)がフィリピンのドゥテルテ前大統領の「犯罪」を訴追すると決めた。それに激しく反発するドゥテルテ氏と娘のサラ・ドゥテルテ副大統領とマルコス現大統領の不和が深まっているという。

 ロドリゴ・ドゥテルテ前大統領がフィリピンの麻薬密売組織への厳しい取り締まり(むしろ戦争)の中で約6千人の死者を出したことは以前にも報じられていた。それでもマルコス氏は国民の間の宥和を図るため(と政略のため?)ドゥテルテ氏の娘を副大統領に選んだ。まことに賢明な選択だったが、ICCの前大統領逮捕要求への対応をめぐって正副大統領の間の不和が生じているという。

 麻薬取引に従事するギャング組織が中南米諸国で跳梁し、生命まで脅かされている国民が米国に大量に不法入国を計り、トランプ米大統領が彼らの入国拒否を訴えて大統領選に勝利したことは記憶に新しい。もともと私はトランプの不法移民拒否を非難する気にはなれなかったが、命を守るために不法入国せざるをない人たちへの同情に引き裂かれていた。

 ドゥテルテ前大統領の命令で麻薬関係者を処罰(むしろ処刑?)する中で多くの誤認による一般市民の死があったことは事実なのだろう。しかし、フィリピンが中南米諸国の轍を踏まなかった事実に前大統領の厳しい対策があったことも想像に難くない。もしそれが無かったなら東南アジア諸国にフィリピン人の「不法入国者」が押し寄せていた可能性は十分あった。私はICC(現所長は日本人)の立場も無論分からないではないが、ドゥテルテ前大統領の「犯罪追及」が既に正副大統領間の不和を生みつつあるだでなく、フィリピンの「中南米化」を産んではならないと考える。

訂正 前回のブログでcivilisatriceをcivili zatriceとしたは誤り。駿馬も老いれば駄馬に劣る。ああ(陰の声。駿馬の時期などあったの!)。

本編の中の下線は消せないだけ。ああ

2025年3月9日日曜日

フランスの植民地支配の論理

  今朝の朝日新聞に「80年前のフランス植民地軍による虐殺 真実が知りたい 旧宗主国との関係 見直すセネガル」との1ページ全面を使った記事が載っている。基本的にはNYタイムズ紙の 80years After Killing, Senegal Wants the Facts From  France の転載と言わぬまでも、記事に基づいているようだ。

 基本的事実は1944年12月1日にフランスでのドイツとの戦いから帰還した西アフリカの兵士たち35人(彼らは給料支払を求めていた)がセネガルのチャロイでフランス軍により虐殺された(一説には400人近く)。記事全体が米国メディアのフランス糾弾の色彩を感じさせないでもないが、昨年、マクロン大統領が虐殺と認めたのであれば、基本的事実は記事の通りなのだろう。

 フランス革命に際し世界で最初に人権宣言を発表したフランスがこのような不祥事をと驚く人が少なくないだろうが、逆の見方も不可能ではない。

 フランスではmission civilizatrice(文明化の使命)という言葉が帝国主義時代によく使われた。ヨーロッパ諸国によるアジアやアフリカなどでの植民地支配を美化したこの言葉の同類はヨーロッパの各国にあっただろうが、他国と違うところはフランス革命に始まる共和政が最高の統治形態だとの意識をフランスに生んでいた事だ。この現象がフランスによる植民地支配の正当化に他のヨーロッパ諸国以上に貢献したとは言えるだろう、

 パリの地下鉄の車内でフランス人警官が外国人(とくにアラブ人)に国籍を示す書類の提示を要求する事態を私も複数回見た。留学した英国でそのような振る舞いを見たことはなかった。人口中の他人種の比率もこうした事態の比率と無関係ではないだろうが.......。

2025年3月2日日曜日

トランプ・ゼレンスキー会談の破綻

2月28日に実現したトランプ米大統領とゼレンスキー・ウクライナ大統領の会談は文字通りの決裂となった。両者の立場の違いが大きい以上、この結果もやむを得なかったのだろう。あとは修復の早いことを願うばかり。

 米大統領の失礼な物言いは今更ではないが、今回はバンス副大統領の口出しが会談を一気に緊迫化させたようだ。私は以前のこのブログでバンスの要職就任に危惧を表明した。彼個人の性格への危惧も大きいが、私は例外は無論あるが一般論として芸術家と牧師の発言を重視しない。彼らはどちらも「絶対の探求」者でありがちで、相対性にとどまらざるを得ない政治の世界に不向きである。

 一方、トランプの発言で新しいのは、ゼレンスキーの主張が世界大戦の口火を切ることになりかねないがある。前にノーベル平和賞委員会が、日本の被団協にノーベル賞を与えた際に私が指摘したように、ロシアとウクライナが妥協を絶対的に拒否していれば、原水爆の使用もありうる。クリミア半島と東部諸州の帰属問題もロシアの主張には一定の根拠があり、NATOの東方への拡大には西側大国ももっと慎重であるべきだった。

 国益の対立も時が経つほどイデオロギー性が強まり、対立を不倶戴天の敵との戦いと化しかねない。冷静な計算も時には必要ではなかろうか?

2025年2月24日月曜日

ウクライナ戦争の行方

  今日2月24日でウクライナ戦争開始から満3年になるという。それと関連してか昨日録画しておいたNHKの『臨界世界 On the edge  女性兵士』と、放映中の『世界ドキュメント 前線兵士』を見た。どちらも(とくに前者)は林の中でロシア兵と対峙する女性兵士の記録、後者は銃後のウクライナ人の苦悩を中心に取りあげていた。

 どんな時代でも数十メートル先は敵陣といった最前線は兵士に強い緊張を強いるが、ドローンによる攻撃への警戒は極限の緊張を強いる。悲惨な現場にはウクライナ兵もロシア兵も違いはないだろう。

 トランプ米大統領の親ロシア的な動きにロシア側も呼応した動きを見せており、まもなくウクライナを置き去りにした米ソ間の対立緩和に向かいそうだ。ヒトラーの脅迫に英仏がチェコスバキアに領土の一部を譲歩させた悪名高いミュンヘン協定への言及もメディアに現れるようになった(確かにカタチとしては似ている)。

 しかし、領土的譲歩は一切しないとのウクライナとくにゼレンスキー大統領の立場にはもともと無理がある。クリミア半島にはロシア皇帝の離宮があり、そこでルーズベルトとチャーチルとスターリンのヤルタ会談が開催されたし、同地には晩年ここに住んだチェホフが名作『犬を連れた奥さん』などを書いた。ウクライナがそれまでウクライナ語とロシア語を国語として認めていたのにロシア語を国語として認めず、東部諸州のロシア語人口を怒らせ、クリミアとならび紛争の原因となった。

 それはともかく、ロシアと西側諸国の対立が深まれば第一次世界大戦のようにズルズルと大戦に巻き込まれかねない。これまで広島長崎を中心とする被団協の訴えを一顧だにしなかったノーベル賞委員会が突然受賞者に被団協を選んだことはどれほどこの先を案じたかを示している。

2025年2月21日金曜日

ウクライナ戦争の報道の偏向?

  新聞とテレビの何れかを問わず、戦後の我が国のジャーナリズムは報道の自由を享受してきた。しかし、最近明らかとなった芸能界の不祥事のように、報道の自由に自らくつわを嵌める事態もないではなかった。それが内外の政治情勢に関しても起こりうるとしたら影響は黙視できない。

 未だに終わらないウクライナ戦争に関して私は24年10月1日の本ブログで「ウクライナ戦争の行方」のタイトルで、過去のロシア報道というと必ず新聞などに論評が載るロシア史の長老たち?の意見が全く見られないのは、彼らが「一方的なロシア断罪に合意できない、したくないからでは」と書いた。あまりに不自然に感じたからである。今日、たまたま情報端末で旧世代のW東大名誉教授を調べたら、氏の発言に接し、私の想像が誤りでなかったことを知った。

 W名誉教授ら旧世代のロシア史研究者たち14名が、現在の報道が一方的なロシア非難に傾いているとの声明を発表したが、若い世代の発言者たちの怒りを買ったとのこと。

 私は長老世代の人たちの意見に近いのではと思うが、仮に逆でもよい。問題はこの意見対立がメディアに全く報道されず、若い世代の意見だけが報道されているかに見えることが大きな問題だと言いたいのである。政治報道の分野でも芸能報道の隠蔽と同じことが起こっていないか。そうだとしたら、我が国のメディアは同種の誤りを何度繰り返すのだろう。

2025年2月16日日曜日

醜悪な独裁国北朝鮮

  NHKテレビで13日に放映された『蓮池薫23年目の告白』を録画して見た。あらためて北朝鮮の金王朝の醜悪さを感じさせられた。

 拉致されてから半世紀近く、蓮池さんは今も帰国できない12人の運命を考え知っていることの全てを語ることを避けてきた。現地で横田めぐみさんとかなりの期間交流があったことは新事実ではないようだし、拉致された日本人を対日工作員に仕立てるための教育を7年目ぐらいに断念したらしいとの事実も蓮池さんには大きな変化だが...........。私には蓮池さんの誘拐犯がその頃から自らの行為の正当性に自信を失っていったとの発言が心に残った。

 本家ソ連の共産主義独裁が崩壊したのち、多くの共産主義国が独裁を離脱したのに、北朝鮮はむしろ独裁を強化したかに見える。私の目には北朝鮮軍の文字通り一糸乱れぬ行進や、金主席が姿を現した時の民衆の熱狂(むしろ狂態)は私には醜悪の極みとしか思えない。金王朝への忠誠に僅かでも欠けると見られるのがそれほど恐ろしいののかと想像してしまう。ドイツ国民のヒトラーへの熱狂ぶりは同程度であってもそこにあった自主性(無論それも問題だが)も北朝鮮の国民にはないと思う。私には北朝鮮の人たちがそれほど愚かとは思えない。

2025年2月11日火曜日

バンカラ気質の残る北大?

 建国記念日の今日は体調が今ひとつだったので日課の図書館での新聞読みに行かずテレビ漬け。NHKの大谷特集番組も楽しかったが、ほぼ同時刻なので録画して見たBSの『新日本紀行』の「札幌」も面白かった。

 実は番組は昭和50年放映の『都ぞ弥生』の再放送で、テレビ番組表の「札幌」でもなければ北大の紹介番組でもなく、同大学の「惠迪寮」が主題だった。大学の学生寮の内部の乱雑さは70年前の私の出身大学の寮に友人を訪ねて知っていたが、惠迪寮の場合、寮生たちが赤ふんどし姿で札幌の中心街を練り歩いたとは知らなかった! 旧制高校のバンカラ気質はわずかに北大に残っていたのである。北大生への札幌市民の敬愛度は他地方の大学生へのそれとは相当違ったようだ。

 北大生と言っても寮生は北海道以外の出身者が多かったろう。他大学では既に廃れつつあったバンカラ気質が残っていたのはやはり北海道への憧れとともに、札幌農学校以来の歴史と伝統への熱い想いが他大学の比ではなかったのだろう。しあわせな大学である。