2016年1月10日日曜日

トリセツは詳細なら良いのか。

歳末に古い車が去り、新しい車がやって来た。きっかけは12月中に車検の期限が来たからだが、いろいろな点で進化した低公害低燃費車が発売されたことも理由の一つだった。ところがその車は人気を呼び、5ヶ月は待たなければならないという。それは仕方のない事だが、車は変わっても10余年間担当者だったセールスマンの態度が今回心なしか強気になっていたのが面白くなく、デザイン優先でもう一つの候補車を選んだ。

ところが、買い替えの書類の数が特に増えた訳では無さそうなのに手続きの面倒さは想像以上だった ( と言っても実務はセールスマンが主として当たったのに ) 。要するに当方が怠惰になったということらしく、これでは今度の車が「終の車」になることは間違いなさそうだ。

ということで手続きは完了したが、新車の取り扱い説明書 ( トリセツ )の大部なのに閉口した ( ろくに読んでいないが ) 。それなのに10日も過ぎて保険会社から「ご契約のしおり」なるものが送られて来た。それが小活字のA4版192頁で250グラムある ( これをしおりと呼べるのか!?)。全く読む気になれない。面倒なことを避けるため保険に入るのに。

このごろの工業製品はどれもトリセツが大袈裟になったが、保険よ お前もか!  問題が起こった時の責任追及を逃れるためなのだろうが、約款は小活字が多いようだ。読まれないための工夫でもないだろうが............。

2016年1月7日木曜日

北朝鮮の深い闇

正月早々北朝鮮が自称「水爆実験」をした。同国の暴走ぶりは今更驚くことではないのでメディアの相変わらずの騒ぎぶりにはついて行けない思いがあるが、事態の深刻さは否定できないから厄介である。

北朝鮮が核実験を決行した理由は未だ推測の部分もあるが、国内的には党大会をひかえて金正恩主席の威信を高めること、対外的には米国を交渉に引きずり込むこと ( 最近の米国は欧州や中東に関心を奪われているので ) にあったのだろう。何しろ民主主義国家と違って失脚は死に直結する可能性が高いとあれば、他国の反応に気を使う余裕などないだろう。

一党独裁の国は北朝鮮以外にも数多いが、文明国 ( 教育がゆきわたっているという意味で ) で同国ほど常軌を逸した独裁国は稀だろう。これと比較すれば戦前戦中の日本の独裁などたかが知れたものだった。当時の民間右翼や一部軍人によるテロ ( その重要性は軽視しないが )を除けば、昨日まで壇上に立っていた政府要人が翌日には政権により銃殺というほどの酷さではなかった。もはや狂態という他ない。

金正恩氏が主席に就任したとき私は彼に対して期待しそれを本ブログに書いた。青少年期をスイスで過ごした人間が自国の異常さを知らない筈は無く、何とかしたいと思うのではと考えた。しかし北朝鮮は変わらなかった。今でさえ私は同国の変化に完全に絶望してはいない。文字どうり「一縷の望み」であることは承知しているが。

ナポレオンはオーストリアの宰相メッテルニヒに隣国への自らの相次ぐ戦争を「フランス国民は常に私に勝利を期待するからだ」と弁解したという。身勝手な弁解だが全くの嘘ではないだろう。生まれながらの君主ではないかれには自分の地位への不安は抜き難くあったのだろう。フセインにもカダフィにもアサドにも金正恩にも。

2015年12月29日火曜日

日韓の合意成立

慰安婦問題につき日韓両国政府の合意がなされた。両国がいがみ合うのと合意が成立するのとどちらが良いかと問われれば合意成立が良い。むろん合意の内容が大事だが。

合意に反対する意見もあろうが、日韓いずれの側が大きく譲歩しているかと言えば韓国側ではないか。たしかに日本側も10億円の資金拠出に応じたが、すでにアジア女性基金の際、基金の半分以上を政府が支出している。首相のお詫びも今回が初めてではない。代わりに今回は「不可逆的解決」の文言が合意された。これまで韓国側が合意をひっくり返して来たと認めるようなものであり、韓国人がどう捉えているかは知らないが、私には韓国に名誉な文面とは思えない。大使館前の少女像の撤去は韓国は「努力」を約束したに過ぎないが、もし実現しなければ ( その可能性が高い ) 、韓国政府の権威にマイナスになろう。

韓国側の譲歩がより大きいとの私の判断が正しいとすれば、朴大統領は大きな決断を下したことになる。譲歩の理由はまず、未だ詳細不明だが日韓両国への米国の圧力が大きかったのだろう ( 私は第三国の口出しを好まないが ) 。また、日韓不和の韓国経済への悪影響も考慮されたろう。しかし、それでも私は朴大統領の英断だと考える。先月の日韓首脳会談は大統領と安倍首相との間のわだかまりを大きく除いたように見える。考えてみれば両氏とも保守政治家であり、朴大統領としては50年前日韓請求権協定を結んだ父親を激しく批判する教科書を擁護する人たちと対日問題であくまで共闘する気にはなれなかったろう。

朴正煕元大統領に対する評価が韓国で二分されていることは私もむろん承知している。朝鮮戦争の数年後だったろうか、ソウルの街の斜面にびっしりへばり付いた掘っ建て小屋に近い住宅群のフィルムを見て衝撃を受けた。日本の資金を利用してでも日本に追いつきたいと元大統領が考えたとしても私にはそれも愛国心だと思える。

現大統領の前途は安倍首相よりはるかに困難だろう。それを予想しつつも彼女が決断したとすれば高い評価に値するのではないか。次の大統領がまたゴールポストを動かす可能性は低くないだろうが、現大統領の決断はそれとして評価すべきだろう。

2015年12月28日月曜日

阿倍仲麻呂の実像

11月5日放映のNHKの「英雄たちの選択   遣唐留学生 阿倍仲麻呂の実像」を遅まきながら録画で見た。日本古代史に無知な私には番組出席者たちの発言のどこまでが真実かは判然としないが大変興味深かった。

仲麻呂については一般には百人一首の「天の原  振りさけみれば春日なる...........」で望郷の歌人として知られ、また玄宗皇帝に寵愛され唐の政府高官になったこと、詩人の李白や王維と親交があったことでも知られる。しかし、異郷に死んだ彼は帰国を許されなかったというよりも帰国を希望せず、唐の国政への参加や盛唐詩人たちとの交流を選んだのであり、「望郷の歌人」視はふさわしくないとの主張は納得できた。

結局かれは35年後にようやく帰国船に乗ったが、暴風雨のためベトナムまで流され帰国は叶わなかった ( 李白は「亡き友」を悔む詩を書いた!)。しかも、彼の帰国を玄宗が許可した理由は仲麻呂に道教を日本に伝え広めさせるためではとの出席者の指摘があり ( 仲麻呂や王維の詩からの推測 ) 、
もし帰国が実現していれば我が国が仏教の受容をめぐって国論を二分して争った時と同じ事態が再現していたかもしれないという。

以上はあくまで帰国していたらとの仮定の話だが、論者によれば仲麻呂は日本外交を助けた名外交官だった。「争長事件」として知られている由だが、753年の元旦の儀式で当初は新羅の使節が日本の使節よりも上席にランク付けされ、日本の使節の大伴古麻呂が出席を拒否しようとしたが、仲麻呂の努力で日本が上席に変わったという (この頃から日本と朝鮮はいがみ合っていたのか!)。他の周辺諸国と異なり中国暦や科挙を採用しなかった日本は形式的には新羅や渤海国を自国と対等と見なしていなかった。

結局仲麻呂は中国文化に魅せられて唐に残留したとのことで、司会の磯田道史氏はかれを「グローバル人材第一号」だったと評した。晩年にベトナムの長官 ( 鎮南都護 ) を務めたかれは日本人とベトナムの係わりの先駆けだったとも言える。日本人としてではなかったが。

2015年12月25日金曜日

瀬戸内海の水質改善が悩み?

毎日新聞に瀬戸内海の水質の「貧栄養化」が問題となっているとの記事があった ( 12月24日 )。隔世の感とはこういうことを言うのだろうと思った。

今から40年ほど前、沿岸地域の工業化による瀬戸内海の水質汚染が問題になっていた。工場排水や住民増加による生活排水の増加により瀬戸内海の「富栄養化」が進み、赤潮などの被害が拡大していた。当時、沿岸の大製鉄工場に勤務していた高校時代の友人を訪ねたことがあったが、瀬戸内海は東も西も狭い海峡が出口で、外海と海水が入れ替わることは殆ど期待できないと嘆いていたことを思い出す。そうして1973年に水質規制の法律が作られた。

ところが今では瀬戸内海の水質汚染が後退した結果、海水の「貧栄養化」が進み、そのため漁獲量は46万トンから20万トン以下に減少し、アサリに至っては100分の1に減ったという。アサリの漁獲量は各地でも減少しているので原因は単純ではないかもしれないし、他の漁獲量の減少も開発による藻場や干潟の減少も原因の一つと考えられるという。しかし、今年10月、「瀬戸内海環境保全特別措置法」が施行されたというので、海水の「富栄養化」が過去のことになったのは事実なのだろう。悩みの質が変わったのである。

現在、地球温暖化問題で最大の課題となっているのは炭酸ガスの増加である。地球人類の生活向上がエネルギー消費の増大を招くことは明らかで対策が急がれている。エネルギーの過剰消費の抑制とともに、未だ実用化には程遠いと見られる炭酸ガスの地中への封じ込めなど画期的な技術の開発に成功して欲しい。瀬戸内海の「富栄養化」が阻止されたように。

2015年12月16日水曜日

有識者とは?

新国立競技場のA案B案が発表された。高額な建設費のハディド案と比較するせいか、好意的な意見が多いようだ。私も木を活かした両案に好感を持つし、完成時期もむしろ短縮になったようで言うことなしである。前案も斬新ではあり、ブラジリアやネピドーといった広大な新首都にはふさわしいが、今回は適当では無かったようだ。

今朝の『朝日川柳』に、「案出れば前のを褒める有識者」との作が選ばれ、前案が「個性的だった」との撰者の寸評が付いている。今回はハディド案を褒める有識者は少ないようだが、有識者がとかく何にでも批判をしたがる (ケチを付けたがる ?) 傾向を上手くついてはいる。

同じ事は消費税の軽減税率についても言えそうだ。同じ新聞では第一面に「選挙目当て  揺らぐ財政規律」、第三面には「線引き・財源   課題山積」の見出しがおどっている。しかし、消費税の導入時、それが所得税などに比べて低所得者により大きな負担になると私の蒙を啓いてくれたのはメディアだった。そしてその欠陥の是正策の一つとして食料品への軽減税率が挙げられたが、それが今回採用されそうになると、高額な食品を購入する富者がより大きな恩恵を受けると、先の導入時には全く聞かれなかった批判が提起された。

今回の決定に際して与党間の参院選への思惑や駆け引きが目に余ったのは事実である。また、軽減税率には一律課税にはない問題点が続出したのも否めない。しかし、最初に消費税を導入した竹下内閣が選挙で敗退し退陣した例を見れば、不人気が明白な政策の導入に際して駆け引きをゼロにせよとは理想論に過ぎるし、問題点が少なくないからといって一律課税を続けよというのだろうか。メディアはせめて一貫した姿勢を示して欲しいものである。

2015年12月14日月曜日

韓国のポピュリズム司法

先月の靖国神社の公衆便所への爆発物設置の容疑者の韓国青年が再度来日し、その荷物に同じ爆発材料が隠されていたという。前回が失敗だったと考え再度来日したのだろうが、死傷者が出て大ニュースにならなければ失敗なのだろうか。

私はA級戦犯が合祀されている限り首相ら重要閣僚の靖国神社参拝に反対だし、親類縁者に合祀者がいる人は別とし一般閣僚の参拝にも反対である。また、今回の事件で韓国や韓国人一般を云々したくない ( 韓国のネットでもさすがに呆れたという声が多いようだ )。しかし本人を安重根気取りにさせた空気が今の韓国に皆無とも言い切れない。

在日コリアンで韓国人BC級戦犯の名誉回復運動をしている李鶴来さんの記事が『毎日新聞』に紹介されている ( 12月11日 )。それによれば軍属として徴用され捕虜収容所の看守などを務めたコリアンは3000名以上。そのうち148名が捕虜虐待などで戦犯とされ、23名が死刑執行されたという。自身も一度は死刑判決を受けた李さんは、「母国に帰っても『対日協力者』と見られる」と韓国には帰らなかった。元戦犯に対し韓国政府が「『強制動員の犠牲者』と初めて認定した」のは2006年だった。元慰安婦たちが声を挙げた時期が同じころなのは示唆的である。

同じ12月11日の『産経新聞』に『帝国の慰安婦』出版で韓国で起訴されている朴裕河世宗大教授に「石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞」が贈られたとのかなり大きな記事が載っている。自社の特派員が大統領侮辱で起訴されている同紙が大きく取り挙げたのは驚くに当たらないが、他紙がこの事実をまったく伝えないのは不可解という他ない。明白な「学問の自由」の侵害といえども他国の事件にやたらに批判を浴びせて良いとは思わないが、「大勢の考え方に抵抗する存在としての例外は大切にしたい」との朴教授の孤独な戦いを伝えることはせめてもの我々の務めと考えるメディアは無いのだろうか。